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ファーストキス⑦

「……じゃ、じゃあ聞いて」 「え? あ……はいっ」 「俺さ、翠が俺と仲良くしてくれるのは、千颯に失恋した寂しさからだって思ってた。だから、俺は千颯の代わりなんだって……。そう考えたら、翠の傍にいることが辛くて……」 「碧音さんが、千颯の代わり……?」 「俺、いくら残り物同士だからって、翠と失恋の傷を舐め合う関係は嫌なんだ。俺は千颯の代わりなんてしたくない。俺は俺だから……翠には、俺自身を必要としてほしい!」  翠は驚いたような顔をしている。それはそうだ。ただの先輩という存在から、こんなにも重たい感情を向けられたら迷惑以外の何ものでもないだろう。  言ってしまったことを少しだけ後悔したけれど、これでよかったんだと自分に言い聞かせる。勇気を出せて偉かったって、自分を褒めてあげたかった。 「碧音さん、怪我痛いですか?」 「あ、ううん。触らなければ大丈夫」 「そっか。本当によかったです。俺、碧音さんの顔面にボールがぶつかった瞬間、心臓が止まるかと思いました。気付いたら、碧音さんの傍に駆け寄ってた。でも、本当によかった」  俺の傷をそっと撫でながら、翠が微笑む。その優しい笑みに、また涙が溢れ出そうになってしまった。 「痣がパンダみたいで可愛いですね」 「ジロジロ見ないで。恥ずかしいから」 「そんなことないです。凄く可愛い」  翠があまりにも幸せそうに微笑むから、我慢していた涙が一筋だけ溢れ出してしまった。涙が擦り傷に染みて少しだけ痛い。 「碧音さんは碧音さんです。俺にとって、あなたは大切な人ということに変わりはありません。少なくとも、俺のファーストキスをあげちゃうくらいには……」 「え? ……あ、あー! やっぱり! あの時、唇に触れたのって、翠の唇だったんだ……。夢かと思ってた……」 「あ、碧音さん、やっぱり起きてたんですね……⁉」  翠のその言葉に、一瞬で顔から火が出そうになってしまう。そんな俺を見た翠の顔も、夕暮れみたいに真っ赤に染まっていた。 「すみません、断りもなくキスしちゃって」 「べ、別に……そんな……」  照れくさくなって、俺は翠から視線を逸らす。それからポツリと呟いた。 「翠だけじゃなくて、俺だってファーストキスだったんだ」 「え? マジっすか?」 「うん」 「そっかぁ、マジかぁ……」  翠が照れくさそうに笑いながら、頭を掻き毟っている。でも俺は意外だった。こんなにもモテる翠のファーストキスの相手が、俺だったなんて……。  きっと俺は、翠にとって特別な存在なんだ。  今も目の前で、顔を真っ赤にしながらはにかむ翠を見て思う。俺は、翠の特別だったんだ。もう一度確かめるように心の中で繰り返すと、嬉しい気持ちが沸々と込み上げてきた。  それから二人で顔を見合わせて笑う。すごく恥ずかしいのに、なんでだろう。とても幸せだ。  俺たちの関係は未だになんて説明したらいいのかわからないけれど、翠の特別でいられることが嬉しくて仕方がない。心が温かくて、くすぐったくなった。 ◇◆◇◆  球技大会から数日後、怪我が回復して登校した俺は、クラスメイトから耳を疑うようなことを聞かされる。 「碧音が顔面にボールが当たって倒れた瞬間、二年の小野寺が急に飛び出してきてさ。倒れて動かなくなったお前をお姫様抱っこして、保健室まで運んでくれたんだぜ?」 「は? お姫様、抱っこ……? 皆が見てる前で?」 「うん。小野寺、本当に王子様みたいだった。女子がそれを見てキャーキャー騒いでたし。後でちゃんとお礼を言っておけよ?」 「あ、うん。そうだね。うん、お礼ね……」  その話を聞いた俺は、やっぱり穴があったら入りたいと思ってしまったのだった。

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