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第七話 迷い猫の文化祭①

 厳しかった残暑もようやく終わりを迎え、涼しい風が校舎内を吹き抜けていく季節になった。  通学路に植えられている銀杏が黄色く色付き、空が高く感じられる。雲一つない空は、青く澄み渡っていて穏やかだったが、十月を迎えた学校は慌ただしい雰囲気に包まれていた。  なぜなら、高校生活の一大イベントである文化祭がすぐそこまで迫ってきているのだ。  各クラスで出し物を決めて、その準備に追われる日々。異様なテンションに包まれる中、みんなで力を合わせて準備に取り組んでいた。  でも俺は、文化祭のような騒がしいイベントが少しだけ苦手だ。そもそも、文化祭なんて所謂陽キャが楽しむものだと思っているから。俺のような目立たない存在は、買い出しや、会場の飾りつけのような役割を与えてもらえば十分だ。  伊織のクラスは喫茶店をやるって言っていた。エプロンをつけ接客をする伊織は、きっとかっこいいだろうな……と想像するだけで心が躍る。  伊織のクラスの喫茶店だけは必ず行こうと心に決めていた。  そんな中、自分のクラスの出し物が決まった瞬間、俺は驚愕してしまう。開いた口が塞がらなくなってしまった。 「じゃあ、私たちのクラスは『子猫のパン屋さん』をやります。店名に子猫がつくので、販売係になった人には猫耳と尻尾を着けて、パンを販売してもらいますからね」 「はぁ? なんだよ、それ……」  俺は壇上で張り切る学級委員の言葉に、思わず耳を疑ってしまう。  猫耳に、猫の尻尾。そんなものをつけてパンを売れなんて、気が狂っているとしか思えない。今年の夏は異様に暑かったから、正常な思考回路が壊れてしまったのだろうか……。俺はボンヤリとそう思った。  女子は一体何を考えているのだろう? と顔が引き攣ってしまう。  いつも購買に売りに来てくれているパン屋から直接パンを仕入れて販売する、という発想はとてもいいと思う。調理をする手間もないから、喫茶店などに比べてきっと楽だろう。  でも、なぜそこに「子猫」が出てきてしまったのだろうか。俺の頭の中をクエスチョンマークが飛び交った。  ここはひとつ会場の装飾係か、パンの仕入れ係あたりをやりたい。販売係なんかになってしまったら、文化祭当日に仮病を使って休むしかない……。それ程に俺は販売係に拒絶反応を示してしまった。  女子はノリノリで販売係に立候補していく。そんな光景を横目に、俺はできるだけ気配を消して体を縮こまらせた。早く決まってくれ……そう願いながら。

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