55 / 68

迷い猫の文化祭②

「ねぇ、男子も販売係になってくれない?」 「そうだよ! 男子の猫姿も見てみたい」  男子に矛先が向けられた瞬間、俺は机に突っ伏して更に気配を消す。そういったことは、誰かノリのいい男子がやってくれればいい。販売係から逃れられますように……。俺が神頼みをしたとき、思わず耳を疑うような言葉が聞こえてきた。 「あたし、碧音がいいと思う! だって碧音可愛いから猫が似合いそうだもん!」 「あ、あたしも碧音がいいと思った! 絶対可愛いよ!」 「そうだよ、碧音やりなよ!」  一斉に女子から視線を向けられた俺は、言葉を失ってしまう。今自分の身に起きていることが理解できなかった。 「そうだよ、碧音やれよ。お前可愛い顔してるから」 「うん。絶対可愛いぜ?」 「は? お前たちまで何言ってんだ? 俺は絶対嫌だよ。猫なんて……」  ついには、男子まで真剣な顔をしながら俺の顔を覗き込んでくる。一番恐れていた事態に、血の気が引く思いだった。 「碧音、ノリが悪いよ! 大丈夫、私たちがサポートするから」 「そうだよ。みんなで協力するから心配しないで!」 「もし猫耳つけたら、碧音一緒に写真撮ろうね!」 「あ、あたしも碧音と写真撮りたい」 「えぇ……マジで……」  もちろん女子からの申し入れを断ることもできずに、俺は渋々販売係を承諾するはめになる。その他数名、ノリのいい男子も販売係になったことが不幸中の幸いだった。  早くも文化祭が憂鬱になってきてしまう。俺は大きな溜息を吐いた。  そのことを伊織に愚痴ると、声を出して笑い出す。そんな笑顔に、不覚にも胸がときめいてしまった。伊織は、千颯の彼氏だというのに、俺は何を考えているのだろうか……。 「いいじゃん、子猫のパン屋さん。子猫がコネコネってパンを焼くんだよな。昔、教育番組でやってたっけ。懐かしいなぁ」 「よくないよ、男の俺が猫耳に尻尾なんて笑えない」 「そんなことないよ。俺も、碧音は似合うと思うな」 「うぅ……」  俺は昔から伊織の笑顔に弱い。思わず喉の奥で唸ってしまった。 「碧音、俺、焼きそばパン食べたいからよろしくね」 「わかった。ゲットできたら伊織に届ける」 「サンキュ」  嬉しそうに笑う伊織に、俺はそれ以上何も言えなくなってしまう。  ただ胸が締めつけられて、苦しかった。

ともだちにシェアしよう!