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迷い猫の文化祭③
そして、いよいよ文化祭本番となった。
高校生活最後の文化祭ということもあり、少しだけ緊張してしまう自分もいる。
「完売目指して頑張ろう!」
猫耳に尻尾をつけた学級委員が、頬を紅潮させながら張り切っている。その異様な光景に、俺は思わず尻込みしてしまった。
つい先程押し付けられた猫耳をつけると「やっぱり可愛い!」と数人の女子に取り囲まれて、勝手に写真を撮られてしまう。俺はその強引さに圧倒されて、溜息をつきながら持ち場についたのだった。
文化祭開始の放送が流れると、どっとお客さんが押し寄せる。それは俺の想像を遥かに超えるもので、バイト経験のない俺は右往左往してしまった。
今年はそんな俺をサポートしてくれる伊織は違うクラスだ。庇ってくれる人もいない分、自分でなんとかしなければならない。
「望月伊織先輩、超かっこよかったね!」
「もうマジ無理。かっこよすぎる」
廊下から聞こえてくる女子生徒の声に耳をそばだてる。どうやら伊織も頑張っているようだ。
「こら、碧音。もっと大きな声出して!」
「わ! ごめん!」
ボーッと伊織のことを考えていると、隣にいる女子に脇腹を突かれてしまった。
「伊織、どこに行ったんだろう。焼きそばパン確保できたのに」
俺は賑わう生徒を掻き分けて、伊織を探す。
文化祭当日の学校は毎年賑わっているけれど、こういう雰囲気はやっぱり苦手だ。中学生に他校の生徒。保護者も来校しているようで校舎内は人で溢れ返っている。
「こんにちは! お化け屋敷にようこそ」
「記念フォト、撮りませんか?」
廊下を歩いていると、色々な生徒に声をかけられる。
校内放送では流行りの音楽が流され、普段の学校とは違う雰囲気に包まれていた。
俺のクラスのパン屋は想像以上の反響で、ものの数時間でパンはほぼ売り切れてしまう。つい先程、追加のパンが届いたようで、俺は運よく大人気である焼きそばパンをゲットできたのだった。
「友達にパンを渡してきたい」と持ち場を少しだけ離れることができた俺は、伊織のクラスの喫茶店を覗いてみたけれど、そこに伊織の姿はなかった。
仕方がなく、俺は焼きたての焼きそばパンをビニール袋に入れて校舎の中をウロウロすることになったのだった。
伊織が食べたいって言っていた焼きそばパンを、幸運にも手に入れることができたのだ。どうしても食べさせてあげたいと思った俺は、いてもたってもいられなくなっていた。なんて言ったって、校内でも超人気の焼きそばパンをゲットできるなんてラッキー以外の何ものでもないのだから。
俺は猫耳と尻尾をとることも忘れて、夢中で伊織を探した。
「どこにいるんだろう……」
伊織に電話をしても出ないし、伊織がこんなときにどこにいるのかも想像できない俺は、とりあえず校舎の中を歩き回る。
文化祭が行われている棟から離れ、別の棟に足を踏み入れてしまうと、賑やかな声が遠くに聞こえてくるだけで静かな空間が広がっていた。
大きな音で流れる音楽も、生徒たちの賑やかな声もここまでは届かないようだ。俺はそっと息を吐く。あのまま賑やかな場所にいたら、どうなっていただろうか。疲れがどっと沸いてきてしまった。
廊下の角を曲がれば、屋上へと続く階段がある。いつも翠が授業をサボり昼寝をしている場所だ。
でも、さすがに今日は翠だって昼寝なんてしていないだろう。翠は人気者だから、きっと賑やかな輪の中心にいるはずだ。
「あれ?」
ふと耳を澄ますと、伊織の話し声が聞こえてくる。
「こんな所にいたんだ。どおりで見つからないわけだ」
ようやく伊織を見つけた、そう思った俺は嬉しくなってしまい階段へと向かって走り出す。段々近付いてくる伊織の声。誰かと話をしているようだから、もしかしたら翠と話しているのかもしれない……。そんな考えが頭を過った。
「伊織」
名前を呼ぼうと口を開いた瞬間、俺の体がまるで金縛りにあったかのように動かなくなってしまう。まるで足に根が生えてしまったかのように、その場に立ちすくんだ。
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