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迷い猫の文化祭⑥

「でも可愛い。猫の碧音さん。めちゃくちゃ可愛い」 「……え……?」 「可愛い」  気が付いたときには、俺は翠の逞しい腕の中にいた。翠が加減なく抱き締めるものだから、息苦しいし体中ミシミシと悲鳴を上げている。俺は思わず眉間に皺を寄せた。  長い翠の髪が頬に当たってくすぐったいし、俺の肩に顔を埋めて甘えたような声を出す翠を、どうしたらいいのかがわからない。  恥ずかしいから離れてほしいけど、ずっとこのまま抱き締めていてほしい。反比例する俺の心が、振り子のように大きく揺れた。 「碧音、可愛い」 「翠……」  触れ合う胸からは自分の心臓と同じくらい、翠がドキドキしていることが伝わってくる。  それに……今、碧音って呼び捨てで呼んだ? そんな少しの変化が叫び出したくなるくらい照れくさい。でも、すごく嬉しい。 「翠、あったかい」 「本当に? 碧音もすごくあったかいよ」 「それに、こうやってくっついていると、すごく落ち着く」 「そうだね。碧音はいい匂いもする」  そう言いながら、首筋の匂いをクンクンと嗅ぐ伊織は大きな犬みたいだ。  俺はそっと腕を伸ばして、おずおずと翠の腰に腕を回す。  先程までは、伊織と千颯が抱き合っている光景を見て、あんなにもショックを受けていたのに。今俺は、翠に抱き締められている。  千颯も、こんな気持ちだったのかな……。ふと、そんな考えが頭を過る。誰かに抱き締められるって、こんなにも気持ちがいいんだ。  泣き疲れた俺は、なんだか眠くなってきてしまう。  徐々に体の力を抜いて、翠に体を委ねる。そんな俺の体を、翠が強く抱き締めてくれた。 「ふふっ。可愛い迷い猫、見つけた」 「ん?」 「こんな可愛い猫なら、拾って俺が飼おうかな」  頬を赤らめながら、翠が照れくさそうに笑う。その笑顔に、胸が締め付けられた。 「俺、これから自由時間なんだ。もし碧音も大丈夫なら、一緒に文化祭回ろうよ」 「俺も、みんなに連絡すれば大丈夫だと思う」 「よかった。じゃあ、行こう」 「うん」 「あ、その前に……」 「ん? なんだよ?」  急に翠が俺から体を離す。突然離れていった温もりが寂しくて、俺は唇を尖らせた。 「この猫耳と尻尾は外して行って」  そう言いながら、翠は俺の頭についていた猫耳とズボンにつけてあった尻尾を外してしまう。突然なんだ? と俺が 首を傾げていると、翠が少しだけ不貞腐れたような顔をしながら呟いた。 「こんな可愛い碧音を、他の奴に見られたくない」 「す、ぃ……」 「この迷い猫は、俺が拾ったんだから、俺だけのもんだ」  こんな風に独占欲を剥き出しにしてくる翠に、少しだけ戸惑いを感じてしまう。でも、すごく嬉しい。俺の心が少しずつ温かくなっていくのを感じた。  焼きそばパンはどこかに落としてきてしまったけれど、俺は何か大切なものを手に入れられたような気がする。  それから翠と一緒に文化祭を巡った。  お祭り騒ぎの文化祭が、俺はやっぱり苦手だったけれど――。俺の隣で、子供のようにはしゃぐ翠を見ていることが楽しく感じられた。 「ねぇ碧音。俺のクラス、たこ焼き売ってるんだ。ついてきて!」 「わ! ちょっと、翠待ってよ!」 「早く早く!」  翠の笑顔が眩しくて、胸がキュンと締め付けられる。  そんなこんなで……。迷い猫の文化祭は、翠のおかげで楽しい思い出になったのだった。

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