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残り物の僕たちは②

 季節は廻り、あっという間に二学期は終わりを迎えた。冬休みが終われば高校生活最後の三学期が始まる。そして、俺たちはもうすぐ卒業だ。  俺は、理学療法士になるための学校へと進学を決めた。受験を目の前に、少しだけ気持ちがピリピリしているのを感じる。そんな俺を気遣ってか、あんなにもまとわりついていた翠が、最近は寄ってこなくなってしまった。  それは翠が親離れしてしまったようで、少しだけ寂しい。時々送られてくる翠のメールが、俺の心の支えだった。 『受験が終わったら、どこかに遊びに行こう』  翠のそんなメールに心がときめく。こんな些細なことで、俺は今日も頑張ることができるのだ。  伊織は有名な大学に進学すると言っていた。これで俺たちも離れ離れだ。俺は今まで伊織の後を追いかけて生きてきたけれど、初めて伊織と別々の道を歩むこととなる。 「自分だって、ようやく伊織から親離れできるんだ」  そう思えば可笑しくなってしまった。  俺はきっと伊織に失恋したことからは、すっかり立ち直れているのかもしれない。あんなにも苦しかった日々が、遠いことのように感じられた。  それもこれも、翠がいてくれたおかげだ。俺は翠がいなかったら、未だに伊織のことを引き摺り、千颯に嫉妬しながら生きていたことだろう。 「ありがとう、翠。俺、頑張るね」  校舎から外を眺めれば、冷たい木枯らしが校庭を吹き抜け、砂を巻き上げている。もう冬本番だ。  街へ出ればクリスマスムード一色だし、そろそろ正月を迎えるための商品も店に並び始めている。時間があっという間に流れていくことに、俺は驚きを隠すことができない。  翠と出会って、春に夏、それに秋と冬が過ぎていった。どの季節も、俺の思い出は翠の笑顔で溢れている。  翠のことを思うだけで、俺の心は温かくなった。  年を越えて、迎えた受験日。  俺の受験する専門学校は伊織が受ける大学程、倍率が高いわけではないが、受験の本番日を迎えて朝から心臓がドキドキしっぱなしだった。昂る感情を抑えて、俺は試験に臨んだのだった。  そうして迎えた二月。希望校に合格したり、面接した企業から就職先の内定をもらえた三年生は、登校する日数も減っていく。登校した日には、慌ただしく行われる卒業式の練習。  もうこの制服に袖を通すことはないのだと思うと、熱いものが胸に込み上げてきた。  ヒラヒラと空から粉雪が舞い落ちてきて、俺の心に寂しさが押し寄せてくる。もう学校(ここ)で翠と顔を合わせることもなくなるんだ。それが、一番悲しかった。  俺の受験期間中、翠とはメールのやり取りだけで、二人で過ごす時間なんてほとんどなかった。時々廊下でばったり会ったり、校舎内で翠を見かける程度で……。俺は翠が恋しかった。  翠に電話で専門学校に合格したことを伝えると、まるで自分のことのように喜んでくれた。スマホ越しに聞こえてくる翠の元気な声が心地いい。  でも、「これで本当に卒業しちゃうんだね」という寂しそうな声に、俺の胸はズキンと痛んだ。  これで本当に、俺はこの学校を去っていかなければならない……。  伊織と千颯のことで胸を痛めた高校生活。それは、俺にしてみたら予想外の出来事だった。  でもそれ以上に、俺はキラキラと輝く思い出を手に入れた。こんな平凡な自分が、あんなにも眩しい高校生活を過ごすことになるなんて……。本当に想像もしていなかった。 「翠に会いたい」  三年生の下校時刻はとっくに過ぎているけれど、俺は昂る気持ちを抑えることができない。 「翠に会いたい」  二年生もそろそろ下校時刻なのだろうか? 一つ上の階にある二年生の教室が騒がしくなってきた。  居ても立ってもいられなくなった俺は、昇降口に向かう足を止めて、今来た道を引き返す。  翠はもしかしたら、あの場所にいるかもしれない。部活がはじまるまでの短い時間、あの場所で休憩している翠を時々見かけた。  ある時は居眠りをしていたり、ある時にはパンにかぶりついていることもあった。それでも俺の顔を見ると、「あ、碧音さんだ!」と、嬉しそうに目を細める。そんな翠の笑顔を見るのが大好きだった。  俺は勢いよく走り出す。運動不足の俺は少し走るだけで息が切れてしまうけれど、それでも俺は走り続けた。  ――翠に会いたい。  その一心だった。

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