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残り物の僕たちは③

 そこは普段生徒が近寄らない棟だから、辺りは静けさに包まれている。暖房が全く効いていないこの校舎は、身震いするほど寒い。走ったせいで汗ばんだ体が、一瞬で冷えていくのを感じた。  もし翠と仲良くなっていなければ、こんな所にはこなかったかもしれない。でもここは、翠のお気に入りの場所だから……。俺はこの一年で何度もこの場所を訪れていた。  屋上へと続く階段は、翠との思い出で溢れている。  俺は一度立ち止まり、弾んだ息を整えた。きっと翠はここにいる。 「翠!」  そう名前を呼ぼうとした俺は、一瞬言葉を失ってしまう。  俺が胸を躍らせて階段の上を見上げると……そこには予想もしていなかった光景が広がっていたのだった。  なぜこんなことばかりが起こるのだろうか? 俺は不思議でならない。恋とは、こんなにも上手くかいないものなのか。それともただ単に俺の運が悪いだけなのか……。  ――神様の馬鹿野郎。こんなオチはないだろう。  俺は拳を握り締める。体が小さく震え出して、鼻の奥がツンとなった。 「千颯、大丈夫だよ。俺がついてるし」 「ありがとう、翠」  俺の目の前には、千颯の頭を優しく撫でる翠がいた。  頭がパニックを起こして、正常に情報を整理してくれない。もはやこれは夢なのではないだろうか? そんなことさえ考えてしまい、思わず自分の腕を抓ってみた。 「痛い。やっぱり夢じゃないのか……」  自分が抓った部分が赤くなり、ジンジンと熱を持っていく。  柔らかな冬の日差しの中、体を寄せ合う翠と千颯は、とても仲睦まじく見えた。  千颯は伊織と別れたのだろうか? それで今度は翠と……? 翠もそんな千颯を受け入れたのだろうか?   なんで、なんでだ……? 「俺のことをお嫁さんにしてくれるって言ったじゃん」  涙が一滴頬を伝った。心がズタズタに引き裂かれたように痛む。俺は、制服の胸の辺りを強く掴んだ。 「俺は翠を信じていたのに……」  ――裏切られた。  そんな思いに支配されてしまった俺の心は、硝子が割れた時のように粉々に砕け散っていった。  翠のことを信じていただけに、俺が受けたダメージは大きくて、思わず泣き叫びたい衝動に駆られる。  あのキラキラと輝いていた笑顔も、逞しかった腕も、柔らかかった唇も、全部が嘘偽りだったんだ……。  この場を離れろ、と俺の中で警笛が鳴り響く。二人に気付かれないように、そっとこの場から消えよう。  それに、もう少しだけ我慢すれば卒業式だ。翠と会うこともない。だから大丈夫だ。大丈夫。そう俺は何度も繰り返し自分に言い聞かせる。  

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