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残り物の僕たちは⑥

「碧音? よかった、見つかって。随分と探したんだよ」 「あ、伊織……」  突然名前を呼ばれた俺はハッと顔を上げる。そこには俺を心配そうに見つめる伊織がいた。久しぶりに見る伊織の姿に胸が熱くなる。伊織は希望していた大学に入学することが決まったって聞いた。  伊織とこうやって一緒にいられるのも、本当に後わずかだ。 「碧音、探したんだよ。俺、碧音に用事があってさ」 「……用事? どうしたの?」 「えっと……。あれ? もしかして、碧音泣いてるのか? それに顔色もよくないし」  驚いたような顔をした伊織が俺の近くにしゃがみ込む。それから、そっと俺の頬を撫でてくれた。泣き腫らした俺の頬は熱を持っていて、伊織の冷たい手が気持ちいい。 「大丈夫?」 「……い、おり……」  優しい伊織。大好きだった伊織。  この大きな手で触れられることを、ずっと夢見てきた。その腕で抱き締められて、形のいい唇で愛の言葉を囁いて欲しかった。俺は、ずっと伊織の恋人になりたかったんだ。 「碧音。実は俺も、悲しいことがあってさ」 「悲しいこと? 何かあったの?」 「うん。ちょっとね……。しんどいな、って思ったら碧音に会いたくなっちゃって」 「え?」 「ごめん、碧音。少しだけ甘えさせて……」  苦しそうに言葉を紡ぐ伊織が、そっと俺にもたれかかってくる。まるで子供のように鼻を鳴らしながら、俺の胸に顔を埋めた。 「碧音、ごめん。少しこのままでいさせて」 「伊織……」 「温かいな、碧音は。すごく落ち着く」  伊織は俺の胸の中で静かに目を閉じる。こんな伊織は見たことがなかった俺は、強い戸惑いを感じてしまった。  子供のような伊織。可愛いなって思う。  きっと昔の俺だったら、こんなシチュエーションは願ってもいなかったはずだ。千颯から伊織を奪い去るチャンスだと、獣のように目をギラつかせていたに違いない。 「伊織も、悲しいことあったんだね」 「うん」 「そっか……」  伊織を抱き締めてやろうと、躊躇ないながらも上げた両手を静かに下ろす。俺は伊織を慰めてやりたいけど、都合のいい存在になりたいわけではない。だって、伊織が好きなのは、千颯なのだから。 「伊織、駄目だよ。俺にはできない」 「碧音、どうした?」  突然俯いた俺を心配そうに覗き込んでくる。伊織は大きなその手で、俺の頬を優しく撫でてくれた。  温かくて、大きな伊織の手。  ずっとずっと欲しくて仕方がなかった。狂おしい程愛おしくて、恋しくて……。 「でも、違う……」 「ん?」  ――俺が今必要としている手は、この手じゃない。  俺は伊織の手を掴み、そっと下ろす。  俺が必要としているのは、伊織じゃなくて……。

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