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残り物の僕たちは⑦
「あのさ、伊織。俺、ずっと伊織のことが好きだった」
「な、なんだよ、突然……」
「突然こんなことを言われたらびっくりするよな? ごめん。でも、どうしても伝えておきたくて」
突然の告白に伊織がびっくりしたように目を見開く。そんな光景が可笑しくて、俺は思わず吹き出してしまった。
「でも、俺は今、翠が好きなんだ」
「碧音……」
「俺は、翠が大好きだ!」
伊織に向って笑って見せると、また俺の目からは涙が溢れ出す。でも今流れ出る涙は、つい先程までの涙とは違う気がした。
この涙は、とても温かくて、幸せに溢れている……。そんな気がしてならない。翠のことを想うと心が温かくなって、俺は多幸感に包まれる。
――俺は、翠のことが、こんなにも好きなんだ。
もうこの想いは隠すことなんてできない。だって、翠への想いはこんなにも強くて、止められないものになってしまっているから。
「そっか。俺も千颯が好きだ」
目の前の伊織が照れくさそうに笑う。その笑顔は俺が大好きだったものだけれど、今の俺はそれ以上にキラキラと輝く笑顔を知ってしまった。
伊織への恋は、いつの間にか終わりを迎えていたんだ。
俺は、古い恋に終わりを告げ、新しい恋を知ったことを思い知らされる。伊織に失恋したときには、もう恋なんてしたくないと思っていたのに……。俺はこんなにも簡単に翠のことを好きになってしまっていた。
それ程、翠は俺のことを大切にしてくれていたんだ。翠の優しさに胸が熱くなる。
「実は俺、千颯と喧嘩しちゃって。今、校舎中を探してるところだったんだ」
「伊織、千颯と喧嘩したの?」
「うん。情けないことに、俺が千颯を怒らせちゃって……。最近倦怠期なのかな? 色々と上手くいかないことが多くなってね。それがなんだか悲しくて……そしたら急に碧音の顔が浮かんで、会いたいって思っちゃった。ごめんね、碧音」
「ううん。大丈夫」
そっか。伊織は千颯と上手くいってないんだ。だから、俺に会いたいって思ってくれた……。確かに、俺は都合のいい存在だったのかもしれないけれど、伊織に必要とされたことは嬉しかった。
「でも翠が、千颯と一緒にいるって連絡をくれたんだ」
「翠から?」
「あぁ。俺たちの関係を知っているのは、碧音の他には翠だけだから。きっと千颯は、翠を頼ったんだと思う」
「そんな……」
伊織の言葉に俺の全身からサッと血の気が引いていく。じゃああの時翠は、ただ千颯の話を聞いていただけなのだろうか……。必死に「自分の話を聞いてほしい」と、俺に訴えかけてきた翠の姿が思い起こされた。
「俺、翠と千颯が一緒にいるところを見て、理由も聞かずに逃げ出してきちゃった。どうしよう……」
俺は伊織にしがみつく。翠は伊織と喧嘩をして落ち込む千颯を、ただ慰めていただけだったのかもしれない。それなのに、俺はなんて勘違いをしてしまったんだ。
もしかしたら、今頃とんだ勘違いをしてしまった俺のことを、翠は怒っているかもしれない。
「どうしよう、伊織……⁉」
「フフッ。大丈夫だよ。翠も碧音のことを怒らせちゃったって、血眼になって碧音のことを探してるから。さっき千颯のことで連絡をくれたとき、碧音の話もしてたよ」
「本当に? 翠は今どこにいるの?」
「校内を一周して、またあの階段に戻ってきてるって」
「屋上に続いている階段?」
「うん。だから早く行ってあげて? 翠、碧音のことを傷つけちゃったって、泣きそうな声をしてたから」
その言葉に胸がギュッと締め付けられる。行かなくちゃ……! 俺は勢いよく立ち上がって走り出す。教室を出ようとした俺は、ハッとして伊織を振り返った。
「伊織も千颯に謝って、ちゃんと仲直りしてね!」
「あ、うん。わかった。ありがとう」
「じゃあ、俺行くね!」
「碧音、今すごいいい顔している。恋、してるんだね!」
「え?」
「頑張ってね。応援してる」
きっとこの言葉を昔の俺が聞いたら、ショックで立ち直れなくなってしまっただろう。でも今は違う。伊織の言葉が、そっと俺の背中を押してくれた。
「ありがとう、伊織!」
俺は伊織に笑いかけてから、もう一度走り出す。
「ねぇ、碧音。俺も碧音のことが好きだったときがあったよ……」
伊織の小さな告白は、翠の元へと夢中で向かう俺の耳になんて届いてはいなかった。
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