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残り物の僕たちは⑧
俺は必死に校舎の中を走る。途中廊下ですれ違う生徒が、そんな俺を不思議そうな目で見ていたけれど、そんなことさえ気にならなかった。
廊下を走り抜けて階段を駆け上る。体力が完全に落ちてしまった俺は、呼吸さえできなくなってしまい酸欠からか眩暈がしてきた。
「もう足が上がらない……」
俺は両膝に手をついて荒い呼吸を繰り返す。
でも会いたい……。俺は目の前に続く階段を睨みつける。
翠がいる階段はすぐそこだ。俺は最後の力を振り絞って階段を上り続けたのだった。
屋上へと続く階段は、翠との思い出に溢れている。一緒に泣いて笑って過ごした場所。そして、翠に少しずつ惹かれていった場所――。
「翠!」
俺は階段の下から愛おしいその名前を呼ぶ。その名前を口にするだけで、心が甘く震えた。
だって、俺は翠が好きだから。
「碧音!」
「翠……。翠、ごめん!」
俺の姿を見つけた途端、ホッとしたような顔をする翠に俺は飛びついた。その衝撃で翠が倒れそうになったけれど、翠は力強いその腕で俺のことを抱き留めてくれた。
「碧音。よかった、会えて……」
あまりにも強く抱き締められた俺は、一瞬呼吸が止まってしまう。それでも翠の香りを吸い込んで、その肩に顔を埋めた。
「ごめんね、翠。俺、千颯と翠が一緒にいるとこを見て勘違いしてた。二人が付き合い始めたのかもしれないって……。そう思ったら、頭の中がグチャグチャになっちゃったんだ」
「俺のほうこそ、ごめん。俺、碧音のことが好きなのに、千颯の頭なんて撫でて。碧音を傷つけたかったわけじゃないのに……。本当にごめん」
苦しそうに呟きながら、更に俺を抱き締める腕に力を籠める。嬉しいけど、全身の骨がバラバラになってしまいそうなくらい苦しい。でもそんな苦しささえ、幸せに感じてしまうから不思議だ。
「俺、千颯のことはもう何とも思ってないよ。だって、俺は碧音のことが好きだから」
「翠……」
俺を抱き締める逞しい腕は小さく震えている。翠は俺の髪に顔を埋めた。そんな翠がたまらなく愛おしい。
「俺が碧音を追いかけられずに呆然としていたら、千颯に怒られちゃった。早く碧音を追いかけろって……。碧音のことが好きなら、追いかけてきちんと想いを伝えなくちゃ駄目だって」
「千颯がそんなことを?」
「うん。だから俺、ちゃんと千颯に言ったよ。俺は碧音が好きだって。どうしようもないくらい、好きなんだって」
俺の髪を愛おしそうに撫でてくれる翠。そんな翠の鼓動が触れ合う胸から伝わってくる。
好きな人と想いが通じ合うって、こんなにも幸せなんだ……。
俺の体から徐々に力が抜けていき、膝が折れそうになるのを必死に堪える。翠の体に夢中でしがみついた。
「俺も翠が好き」
ようやく本当のことを伝えることができた。ずっと伝えたかったのに、怖くてその気持ちから目を逸らし続けてきたんだ。
でも、もう伝えずにいられない。だって、俺はこんなにも翠のことが好きだから。
「翠が好き。翠は、将来俺をお嫁さんにしてくれるんでしょう?」
「フフッ。そうだよ。俺が碧音を幸せにするんだ」
ようやく抱き締められる腕が弱められた俺は、翠の顔を覗き込む。その翠の笑顔は、キラキラと輝いて見えた。
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