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第3話 嘆きの森の魔物
数日後サイラスの姿は、辺境騎士団内部の警備隊詰め所にあった。今日は警備隊に所属する騎士達の殆どは出払っていて、建物内は静かだ。
最近嘆きの森での魔物出没報告が増えていて、周辺の警備体制の強化について、サイラスが上司と打ち合わせをしている時だった。
「火急の報告を致します!」
突然警備隊執務室のドアを開けて飛び込んで来たのは、伝令係の騎士だった。
「救援要請です! 嘆きの森西部において旅人が魔物に遭遇、負傷者が出ています!」
サイラスは上司と顔を見合わせる。
「行けるか?」
上司に問われて、サイラスは即答する。
「今すぐ向かいます!」
執務室を出たサイラスは、警備隊詰め所に残っていた騎士を招集する。
集まったのは現役騎士のヴァルトを含む見習い騎士が数名だった。
魔物の種類と出没数も分からないまま、見習い騎士を連れて行くのは不安もあったが、今は動ける人員で向かうしかない。
サイラスは部下たちと共に馬に乗り、旅人の救援へと向かった。
馬を走らせ、嘆きの森西部まで到着すると、そこからは徒歩で森の中へと入って行く。
程なくして魔物の鳴き声と共に、地面に倒れた複数の人の姿が見えた。
その周辺を大型の蜘蛛の魔物が包囲している。
蜘蛛の魔物は一匹ではなく、少なくとも十匹はいるだろうか。
ワラワラと動き回る蜘蛛の魔物は、単体では危険性も少ないが、集団で襲われると一気に危険度が増す。
(まずは旅人から引き離さないと、近づけない!)
サイラスは弓を放ち、遠方から攻撃を仕掛けると、蜘蛛の注意が倒れている旅人たちからサイラスたちへと代わる。
標的を代えた蜘蛛の魔物は、一斉にこちらに向かって動き出した。
「斬りつけろ! 数を減らせ!」
サイラスの指示で部下たちは蜘蛛に斬り掛かっていく。
近づいてきた蜘蛛を、サイラスは手持ちのレイピアで斬りつけるが、とどめを刺すには至らない。
細身のレイピアでは蜘蛛の体を切断する事は出来ず、中途半端に突き刺ささったまま、引き抜くことが出来なくなった。
(やはり長剣じゃないとパワー不足か)
華奢なサイラスは長剣の重さに耐えられず、日頃から得物として身につけていないのだ。
レイピアを諦め、腰に刺した短剣に持ち直した時だ。
「師匠!」
サイラスの前に回り込んだヴァルトが、長剣で蜘蛛の体を一気に切断した。
「俺は旅人の救助に回る。そっちは任せたぞ!」
サイラスは手早くレイピアを回収すると、蜘蛛の討伐はヴァルトに任せて、倒れている旅人の元へと急いだ。
駆けつけたサイラスは、倒れたまま動けず痙攣する旅人たちの姿に、瞬時に携帯していた毒消しを取り出す。
蜘蛛の毒に侵された旅人たちの顔は青ざめ、一刻を争う状況だった。
まだ意識があり半身を起こせる者には毒消しを手渡し、その場で飲み込ませる。
完全に意識を消失した者には、サイラスが直接毒消しの魔法を使った。
「水の精霊よ、この者に水の加護を。清浄な流れで毒牙を吸い出せ」
サイラスの詠唱と共に浮かび上がった魔法陣が、旅人の体から毒素を吸い出す。
球体となって吸い出された毒素は、パチンッと弾けると霧散した。
青ざめた旅人の顔に血の気が戻り、解毒が無事に終わったと安堵した時だった。
背後から轟音と共に突如として炎が立ち上がる。
「まさか! 火魔法を使ったのか!」
轟々と燃え盛る炎に、蜘蛛たちは一気に数を減らす。
だが木立に囲まれた森の中で火を放つのは、自殺行為だった。
「何で火魔法を使った!」
ヴァルトが見習い騎士を叱りつける声が聞こえた。
一向に減らない蜘蛛の数に、見習いの騎士は追い詰められ焦って火魔法を使ったのだ。
周りの木々を巻き込み一気に燃え広がった炎に、緊張が走る。
火に巻かれる前にと、サイラスは急いで部下たちに旅人を連れて退避するよう命じた。
「ヴァルト、お前も退避しろ!」
サイラスは駆け寄って来たヴァルトに告げる。
「師匠は?」
「俺はこの場に残り鎮火する」
「なっ! 何言ってるんですか! だったら俺も残ります!」
(仕方がない。駄目だと命じたところで、言うことを聞くような男じゃないからな)
「分かった」
サイラスが宙に手を掲げると、ポウと放出された魔力が輝く魔法陣を描く。
「水の精霊よ、顕現せよ。荒ぶる炎を消し去る慈雨を降り注げ」
サイラスの詠唱により、大気中の水が霧状に集まりだす。
広範囲に広がった炎を消すには、魔力消費の大きい魔法を発動させなければならない。
だが…………
(駄目だ。今の魔力量では足らないっ)
咄嗟にサイラスは携帯していた魔石を取り出すと、一気に砕いた。
「師匠! また魔石を!」
ヴァルトが目を見開き、咎めるような声をあげる。
高価で希少価値の高い魔石は、術者の魔力を補う力があるが、代償として依存性が高まる。
それでも今は使わなければならなかった。
魔力量の回復と同時に、サイラスの水魔法は発動する。
周囲を水の膜が覆い、一気に弾け散ると、燃え盛る炎は一瞬にして消えた。
「やった…………」
鎮火した森の姿にほっとした途端、サイラスの体から力が抜ける。
魔力切れの疲労感で、立っていることもおぼつかなくなり、ガックリと倒れ込みそうになったサイラスの体を、ヴァルトが大慌てで抱き留めた。
「悪い。少しだけ休ませてくれ」
サイラスはヴァルトの体にしがみつくと、もたれ掛かる。
「あー、もう! こんな無茶ばかりして! どうしてあなたは!」
ヴァルトは怒りとも諦めともいえないような声を上げたが、サイラスの体をしっかりと抱きとめ、支えてくれた。
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