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第8話 隷従の首輪
王都への旅程は順調に進み、当初の予定通りガーディアンウォール辺境伯領を出て二週間で、目的のガラハッド王国の王都についた。
(微熱は続いているけど、発情は抑えられてるから、王都に入っても問題ないな)
王都を取り囲む高い城砦を見あげると、サイラスはヴァルトに合図する。
「こっちだ、ヴァルト。検問を通らないと、中には入れないんだ」
馬に乗ったまま街道を進むと、城砦の入り口である巨大な門の前で、多くの馬車や旅人達が列をなして並んでいた。
石造りの頑強なアーチで出来た門は、検問を通過する馬車が通る度、鋭く尖った鉄格子が上下に動く。
陽の光を受けて、銀色に輝く鎧を身に着けた騎士が数名、検問所の前で睨みを利かせていた。
「完全に武装してますね」
物々しい騎士たちの様子に、ヴァルトが眉をひそめる。
「以前はここまで厳しくなかったんだが⋯⋯」
サイラスは怪訝に思いながらも、胸ポケットを漁ると、銀の鎖に通された魔石の嵌められた指輪を取り出す。
「それは?」
「これは念の為だ。俺の出自を証明出来る」
魔石には繊細な彫刻で家紋が刻まれていた。
サイラスとヴァルトの前に並んでいた馬車が動き出し、検問を通過して行く。
その後に続き検問の前まで進むと、全身を甲冑で武装した数名の騎士に取り囲まれた。
「名前と身分、王都に来た目的を答えよ」
高圧的な態度で問われて、ムッと顔をしかめたヴァルトを制しながら、サイラスは冷静に応える。
「私の名はサイラス・ファラモンド。ガーディアンウォール辺境伯領所属の騎士だ。王都の実家に用があって帰郷して来た」
サイラスはヴァルトに視線を向ける。
「この男は私の従者だ。名前はヴァルト。私と同じガーディアンウォール辺境伯領所属の騎士だ」
問われたことに対し、正直に答えたのだから、問題ないはず。
そうサイラスは思ったのだが、検問の騎士達は顔を見合わせるといきなり剣を抜いた。
「辺境伯領所属の騎士が何のようだ? トリスタン・ファラモンド伯爵家の名を語るとは、王都の混乱に乗じて良からぬことを考えているのではないか?」
突然長兄の名前を出され、サイラスは驚く。
「なぜ兄上の名を?」
検問の騎士は口をつぐむ。
(この物々しい検問は、トリスタン兄上の事故と関係があるのか?)
サイラスは銀の鎖に通された指輪を騎士に見せた。
「私はトリスタン・ファラモンドの弟だ。身分を疑うなら、これを調べてくれ」
指輪に刻まれたファラモンド家の家紋を見て納得したのか、検問の騎士たちは剣を収めた。
「通れ」
短く告げられて、サイラスは釈然としないまま検問を通過した。
城壁の巨大な門をくぐりながら、ヴァルトが大仰な溜息をこぼした。
「なんですか、あれは? 感じの悪い連中でしたね」
「彼らは人を疑うのが仕事だからな」
「師匠、怒ってます?」
「別に、ちょっと不愉快だっただけだ」
ムスッとしたサイラスの顔を見て、ヴァルトの大きな耳がフードの中でへにょりと倒された。
城壁の巨大な門をくぐった先には、賑やかな王都のメイン通りが広がっている。
城壁と同じ石造りの建物が連なり、軒先には多くの商店が店を開いていた。
溢れるばかりの商品が並べられ、大勢の買い物客が群がっている。
「ここは平民の集まる商店街だ。はぐれるなよ」
人、人、人の波に圧倒されたヴァルトが、呆けて迷子にならないように
とサイラスは声をかけた。
ガラハッド王国の田舎である辺境伯領とは、比べものにならない程の人口を誇る王都の賑わいは、慣れないヴァルトには刺激が強すぎるようだ。
「行くぞ、ヴァルト。こっちだ」
サイラスはヴァルトを促すと、馬を引いて歩き出す。
「あ、待ってください。師匠」
ようやく我に返ったヴァルトが、馬を引きサイラスの後を追いかけて来た。
商店街を抜けると、平民とは違う小綺麗な衣装を身に着けた者たちが、馬車を走らせて行く姿を見かける。
馬車に乗っているのは貴族たちで、この辺まで来ると平民街とは明らかに町並みの様子が変わってきた。
豪奢な屋敷が立ち並ぶ通りを歩いているのは、貴族の屋敷の使用人たちだ。
メイド服の侍女たちが、主人に代わって買い物に出ている姿も見える。
そんな様子を遠目に眺めながら、サイラスはある光景に眉をひそめた。
あきらかに人間とは違う容姿の、獣人を引き連れた男たちの姿を見つけたからだ。
重い荷物を引く獣人の男は、みすぼらしい服を着ていて、首には隷従の首輪が嵌められていた。
隷従の首輪は魔法具で、嵌められた獣人の自由を奪う。
抵抗しようとすれば全身に雷魔法が走り、強烈な痛みに苦しむ。
人間に服従する奴隷の証として、貴族たちが好んで使用する物だった。
(幼い頃のヴァルトも、首に嵌められていた)
子供だったヴァルトを助けた時を思い出し、サイラスはヴァルトに視線を移した。
「ヴァルト、見るな。こっちを向け」
じっと奴隷として働かされている獣人の男を見つめるヴァルトの赤い目は、憎悪の炎のようにギラついていた。
「ヴァルト、俺だけを見るんだ。見ちゃいけない」
ぐっと拳を握りしめるヴァルトからは、激しい怒りと悲しみを感じて、サイラスは王都にヴァルトを連れてきた事を後悔した。
「ヴァルト」
そっとサイラスはヴァルトの手を握ると、顔を覗き込む。
「すまない。お前が苦しむと知っていながら、俺の都合でここまで付き合わせてしまって……」
ヴァルトはふっと息を吐くと、サイラスに笑みを見せた。
「大丈夫です。師匠が何で謝るんですか? 俺が自分で付いて来たんです。気にしないでください」
吹っ切れたのか、ヴァルトの目は赤く澄んだルビーの輝きを取り戻していた。
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