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第11話 爆心地
アリステアとサイラスの話し合いは並行線を辿り、最終的にサイラスがトリスタンの子を連れて来る事ができたら再考すると言い残し、アリステアは帰って行った。
「ヴァルト、ありがとう。俺はもう大丈夫だから、耳と尾を隠せ。これはお前が被るんだ」
サイラスはフードコートを脱ごうとしたが、ヴァルトに止められた。
「俺のことは気にしないで下さい。まだ雨が降っていますから、師匠が着ていて下さい」
ヴァルトは穏やかに微笑む。
だがサイラスはアリステアの様子を思い出すと、不安が拭えなかった。
(獣人差別がここまで根強いとは思わなかった⋯⋯完全に俺の認識不足だ。これ以上ヴァルトを傷付けたくない)
サイラスはそっとヴァルトの狼の耳に手をかざす。
「師匠?」
「光の精霊よ、煌めく光の粒子で包み、視界を歪めこの者の認識を阻害せよ」
ポウッとサイラスの手の平から光が輝き、小さな魔法陣が浮かび上がる。
魔法陣から飛び出した光の粒子は、キラキラと輝きながら、ヴァルトの体を包みこんだ。
驚く間もなく、煌めく光はヴァルトの大きな耳と、フサフサとした尻尾を包み込む。
光が消えると、ヴァルトの耳と尾は消えてしまった。
「光の屈折を利用した、簡単な目眩ましだ。耳と尾は一見すると見えないから、獣人だとバレないと思う。魔力が高い者には見抜かれてしまうから、気は抜くなよ」
「凄いですね、さすが師匠! こんな器用なことも出来るんですね!」
「褒めても何も出ないぞ?」
苦笑するサイラスを見て、ヴァルトはほっとしたようだ。
「それでこそいつもの師匠です」
馬に乗り墓地を離れたサイラスは、王都の中心街へと戻った。
「どこに行くのですか?」
「見ておきたい場所があるんだ」
ヴァルトにそう告げると、サイラスは王城に向って進む。
「近衛騎士の駐屯所がどうなったか、確認したい。アリステア兄上の話を疑うわけではないけれど⋯⋯この目で見たいんだ」
トリスタンの死は受け入れたけれど⋯⋯兄の最後がどうだったのか、サイラスはどうしても知りたかったのだ。
馬に乗り、王城へと向かう道を進むサイラスは、いくらも経たないうちに、異様な光景に気づき馬を止めた。
近衛騎士の駐屯所があったはずの場所は、跡形もなく消えていたのだ。
地中には大きくえぐれたような穴が空き、雨水が大量に溜まっている。
そこは爆心地としか例えられなかった。
建物が木っ端微塵に吹き飛んでしまった跡には、瓦礫の山が残されていると思ったのに、それすらも消し炭になってしまったのか何もなかった。
黙り込んでしまったサイラスを見て、ヴァルトも何も言えなくなったのか口をつぐんでしまった。
無言のまま、何もかもが消えてしまった場所を眺めていたサイラスだったが、近衛騎士の駐屯所の近くにあった魔法省の建物が無傷で残っている事に気付く。
「魔法省は無事だったんだな⋯⋯」
小さな呟きが聞こえたのか、ヴァルトが口を開いた。
「どうしてあそこは吹き飛ばなかったんでしょうか?」
ヴァルトが疑問に思うのも当然だった。
全てが消えたこの場所で、魔法省の建物だけが残っているのは、異常な光景だったのだ。
「あそこはこの国で最高位の魔術師達がいるから。咄嗟に防御魔法で、建物ごと守ったんだろう。無詠唱魔法なら、瞬時に発動出来るから。魔石の爆発に巻き込まれる寸前に、守れたんだと思う」
「そんな事が出来るんですか?」
「ああ。本物の魔法専門職の魔術師とは、そういう者だ。俺の精霊魔法なんて、彼らにしてみれば子供だましだよ。比べ物にならない」
「師匠の精霊魔法だって凄いですよ?」
「精霊魔法は補助的な事しか出来ないよ。精霊を呼び出す詠唱に時間がかかる。一瞬の判断が命取りになる時に、詠唱してる時間なんてないだろ。無詠唱魔法じゃなければ、一瞬で魔法を展開できない。実戦で役にたてなければ、魔術師とは言えないんだ。俺にはそこまでの力はない」
サイラスは寂しげな目をして魔法省の建物を見つめていた。
「そんな魔術師たちでも、魔法省を守るのが精一杯だったんだな⋯⋯近衛騎士達までは、守れなかったんだ」
魔石の暴発が、それ程大規模だったのだ。
「検問所が厳しくなっていたのも、そのせいかもしれない。これだけの被害だ。魔石の暴発に関与する者がいたとしたら、この国への攻撃と見なされても仕方がない。外部からの侵入者に警戒するのも、当然だったんだな……」
その矛先が獣人へと向けられている。
王都の人々は、誰かのせいにしなければ、納得出来ないのだ。
それはサイラスには、認めたくないことだけれど。
(これ以上ここに居ても、辛くなるだけだ)
「もう行こうか」
サイラスはヴァルトを促すと、この場を後にした。
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