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第12話 脳筋ですか‼
近衛騎士の駐屯所跡を離れたサイラスは、その日のうちに王都を後にした。
「王都で宿を取っても良かったのに」
ヴァルトはそう言うけれど。
「俺が早く離れたかったんだ」
獣人差別の激しい王都に、いつまでも滞在していては、ヴァルトの身が危なくなる。そう感じたサイラスは、早急に王都を出ると決めた。
(アリステア兄上の反応が、王都では普通なんだろうな⋯⋯)
それぐらい今の王都の状況は危ない。
サイラスはヴァルトの安全を考えれば、宿は近隣の町で取るのが正解だと判断したのだ。
「ファラモンド伯爵領にあるオーレリアの町は、遠いから。俺たちの休暇だって期限があるんだ。のんびりしてられない」
馬を走らせ王都から一番近い宿場町に着いた頃には、日は西に傾きかけていた。
賑やかな宿場町の一角にある宿に部屋を取り、夜になる前にサイラスはヴァルトと共に買い出しに出かけた。
宿場町という事もあって、旅人向けの商品を並べている店が多い。
雑多な通りは活気に溢れていて、王都とは違った賑わいがあった。
「ヴァルト、これを着てみてくれないか?」
サイラスは服屋の軒先に展示されていた外套の中から、ヴァルトの黒髪に近い色合いのフードコートを指差す。
丈の長いフードコートは、身長の高いヴァルトの全身を覆い隠すのにちょうど良い。
「お前に似合うと思うんだ。買ってやるよ」
「え! 良いんですか?」
精霊魔法で隠されていても、ヴァルトの大きな尻尾がブンブン揺れているのが分かる。
「光の精霊魔法は、夜には消えてしまうからな。その前に」
サイラスはコートを試着したヴァルトの頭に、フードを被らせる。
「うん、バッチリ耳まで隠れるな。黒なら髪色に近いから、とても似合ってるよ」
目を細めるサイラスを見て、ヴァルトは照れくさいのか頬を赤く染めた。
「一生の宝物にします」
「大袈裟だな」
購入したフードコートを早速身に着けたヴァルトが、真剣な顔で言うものだから、サイラスは困ってしまった。
「あ、だったら。お礼に手合わせをしてくれないか?」
「手合わせ、ですか?」
ヴァルトがひどく困惑した顔を浮かべる。
「旅に出てから鍛錬を怠っていた。いつまでも疎かにできない」
ちょうど宿の近くに広場があったのだ。
裏通りだからか、人影もない。
剣を打ち合っていても、問題ないだろう。
サイラスは広場の近くまで来ると、強引にヴァルトの腕を引っ張っていく。
「剣を抜け、ヴァルト」
レイピアを構えサイラスはじっとヴァルトを見つめる。
「⋯⋯駄目です。手合わせはできません」
長剣を抜かないヴァルトに焦れて、サイラスは斬りかかる。
「ちょっと、本当に駄目ですって!」
風きり音を立てて振り下ろされるサイラスの剣を、ヴァルトは既の所で躱していく。
「師匠ってば! 熱があるくせに。もう、しょうがないな!」
サイラスが絶対に引かないと諦めたのか、ヴァルトはフードコートを脱ぐと長剣を構えた。
腕力のあるヴァルトが振るう長剣は、重量がある分動きが重くなる。
軽いサイラスのレイピアは、瞬発力で勝っているので、切り込むスピードが物を言う。
短期決戦で挑めば、勝ち目もあるはずなのだ。
だが、刃が打ち合う金属音は、いくらも経たずに消えてしまった。
重い長剣を、予想を上回る速さで打ち下ろされ、サイラスの手からレイピアが弾き飛ばされる。
ビリビリとした振動に痛みを感じて、思わずサイラスは呻く。
「大丈夫ですか?」
慌てて近寄って来たヴァルトに、サイラスは苦笑した。
「やっぱりヴァルトは強いな。もう俺にはかなわない」
「何言ってるんですか! こんな無茶して!」
ヴァルトの赤い瞳が剣呑な色を帯びる。
「熱があろうが鍛えないといけないんだ」
「前々から師匠はストイックだと思ってましたけど! もうこんな無理は止めて下さい!」
怒りと呆れが入り混じった複雑な顔をして、ヴァルトが眉を寄せた。
「止められないんだ。体を限界まで追い込まないと⋯⋯発情が重くなる」
「え?」
予想もしなかったサイラスの言葉に、ヴァルトが動きを止めた。
「オメガの発情は、身体の健康状態に影響されるんだ。極限まで体を酷使すれば、発情を遅らせる事ができる。発情したとしても、ごく軽い状態で収まる」
「まさか⋯⋯」
「だから俺は誰よりも体を酷使しなければならない。ストイックと言われようと、鍛錬は止められないんだ。これは貧しい農村に生きる、オメガの生活の知恵なんだ。全て母から教わった」
唖然としたまま、ヴァルトはサイラスを見つめていた。
「⋯⋯俺以外、辺境騎士団の誰も、師匠がオメガだと気が付かなかったのは⋯⋯」
「フェロモンの匂いは、精霊魔法で消してたんだ。⋯⋯誰かさんには、気づかれてたけど」
サイラスは苦笑するしかない。
呆然と固まっていたヴァルトが、急にプルプルと全身を震わせて叫んだのは、次の瞬間だった。
「脳筋ですか‼」
「は? のうきん?」
「脳みそまで筋肉で出来てるのかって意味です‼」
「お前に言われたくない」
プイッとそっぽを向くサイラスにヴァルトは吠える。
「もうこんな事止めて、今すぐ抑制剤飲んで下さい!」
「抑制剤はもうない」
「え⋯⋯」
「最低限の数しか、持ってこられなかったんだ⋯⋯少ししか作れなかったから」
サイラスは出立前、手元にあった発情抑制剤のほとんどを、大家の女性店主に渡していた。
長期間留守をする間、辺境のオメガ達が困らないようにと。
「はぁぁ?」
ヴァルトの狼の耳が垂直にピンッと立ち上がり、怒りで尻尾がブンッと薙ぎ払われる。
「もういいです! 俺が買ってきますから!! 今すぐ宿に戻って、絶対部屋から出ないで下さいよ!」
ビシッと命じられて、サイラスは素直に頷く。
「あれはそうとう怒っているな」
ヴァルトの後ろ姿を見送ったサイラスは、おとなしく宿に戻った。
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