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第13話 幼い襲撃者
宿の部屋に入った途端、めまいを感じたサイラスは床にへたり込んだ。
(ヴァルトにバレたらまた怒られるな)
そう思いながらも魔石を砕く。
「風の乙女よ。流れを遮り、我が身に停滞せよ」
サイラスの指先に浮かんだ小さな魔法陣が輝きを放つ。
召喚した風の精霊がふんわりとサイラスの体を包み込み、匂いを封じ込めた。
(これでしばらくしのげる)
サイラスは少し横になろうと、ノロノロとベッドに移動する。
ボフッと音を立てて、ふかふかのベッドに身を投げ出すと、気が抜けたせいか、サイラスは眠気を感じて目を閉じた。
どれくらい時間が経ったのだろうか。
誰かが部屋に入って来た気配に、ふと意識が浮上する。
「ヴァルトか? 早かったな」
のんびりとベッドから身を起こしたサイラスは、背筋を走った悪寒に眠気が一気に吹き飛んだ。
そこにいたのはヴァルトではない、大きな狼の耳を持つ銀髪の少年。
まだ幼さを残した顔立ち、年の頃は十二、三歳くらいだろうか。
「部屋を間違えたのか?」
サイラスは思わず声をかけた。
だが少年の青い目を見た途端、体が凍りついたように動かなくなった。
少年は近づいて来る。
「生きていると知って、わざわざ様子を見に来てやったのに⋯⋯これが兄上のオメガか。神聖なる長の子が、こんな下等な人間に魅入られるとは⋯⋯」
少年は片手を伸ばすと、サイラスの喉元に手を当てた。
ひんやりとした氷のような指が首筋を撫でていく。
頸動脈の上で止まった指の先には、鋭く尖った爪があった。
つぷりと爪先が薄く皮膚に食い込み、サイラスの背を冷たい汗が流れて行く。
小さな痛みと共に、皮膚の上に赤い血がぷっくりと浮かび上がる。
少年の体を振り払おうと思うのに、サイラスは凍りついたように動けない。
目の前にいるのは、小さな子供だというのに。
まるで魔物のようだ。
このままでは呼吸が止まってしまう。
そう覚悟した時だった。
バタバタと忙しない音が聞こえて、バンッと勢いよく部屋のドアが開いた。
激しく息を乱して飛び込んで来たのは、ヴァルトだった。
「師匠! 師匠を離せ‼」
ヴァルトが長剣を引き抜き、咄嗟に振り下ろす。
だが剣先は空を切っただけだった。
次の瞬間、少年はにやりと微笑みながら、霧のように消えてしまった。
まるで最初から何もいなかったように。
解放された途端、ようやく体の自由を取り戻したサイラスは、ゲホッゲホッと激しく咳き込む。
「大丈夫ですか? 今すぐ止血します」
サイラスの首筋に浮かんだ傷に気づくと、慌ててヴァルトは携帯していた傷薬と包帯を取り出した。
「大丈夫だ。これくらいかすり傷だ」
「駄目です! 大人しくしてて下さい‼」
問答無用で手当てをされて、サイラスは大人しくヴァルトに包帯を巻かれた。
「あの男は⋯⋯」
言い淀むヴァルトに、サイラスは口を開く。
「分からない。気付いたらいたんだ⋯⋯あれは⋯⋯ただの獣人じゃなかった」
ゾッとする程青く澄んだ凍てついた目をしていた。
思い出すだけでサイラスの背筋を悪寒が走る。
身震いしそうになる体は、ヴァルトに抱きしめられた。
「大丈夫です。師匠のことは、俺が守りますから」
サイラスを抱きしめるヴァルトの心臓の音が早い。
早鐘のように響く心音から、ヴァルトの気持ちが痛いほど伝わってくる。
「ヴァルト⋯⋯」
震えそうになる体は、ヴァルトの温もりに包まれると、サイラスは不思議な位落ち着きを取り戻した。
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