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第18話 人の気も知らないで……

 王都近くの宿場町を出立したサイラスは、夜になる前に次の町へとたどり着いた。  オーレリアまでは旅人の交易路を通って行くので、要所要所に宿場町がある。  おかげで野宿しないで済むのはありがたかった。  サイラスは今夜の宿を取るとヴァルトと共に、商人が集まる問屋街に向かう。  夜になっても開いている店が多いので、煌々と光るランプの明かりに照らされた町は賑やかだった。  サイラスは通りに面した店先を覗き込み、目当ての物を探す。  数軒の店を回り、ようやく薬効のある植物を置いている店を見つけて、サイラスは店の中へと入って行った。  その後を頭まですっぽりとフードを被ったヴァルトが続く。  その店は様々な植物を扱っていて、香草の匂いが辺りに漂っていた。 「うっ。匂いがキツイです」  鼻の良いヴァルトには、香草の匂いが辛いらしい。  涙目になりながら、鼻をつまんでいる。 「すみません、俺にはちょっと無理です」 「外で待っててくれ」  泣き出しそうなヴァルトを見送ると、サイラスは店内を見回して必要な物を探した。  チェストベリー、レモンバーベナ、ラズベリーリーフ、桂枝、虎耳草と次々に薬草を選び籠にいれていくが、どうしても足りない物があった。 「月光花は置いていませんか? すり鉢も」  サイラスは会計時、店主らしい壮年の男に尋ねてみた。 「月光花はないね。あれは滅多に手に入らないから。すり鉢ならあるよ」 「そうですか…………すり鉢は買います」  (月光花は、やはりないか…………)  ほんの少し落胆しながら、サイラスは支払いを済ませる。 「お兄さん、薬師か? オメガの発情抑制剤でも作るの?」  ギクリとして、一瞬サイラスは息の根が止まったような焦りを感じた。  サイラスが購入した品で、店主は何が作れるのか分かるのだろう。 「ええ……まぁ……」  曖昧に笑って誤魔化そうとしたが、店主は思わぬ事を教えてくれた。 「この近辺でも、月光花は自生してるらしいよ。なかなか見つからないけど」 「本当ですか?」 「ああ、ただし……夜にならないと探せないからなぁ……滅多に魔物とは遭遇しないだろうけど、一人で探し歩くのは止めた方が良い。行くなら護衛でも雇ったら?」 「護衛なら、頼りになる男がいるんで。教えてくれて、ありがとうございます」  サイラスは店主に礼を言うと、店を出た。  宿に戻ったサイラスは、備え付けてあったテーブルに、早速購入してきた植物とすり鉢を並べた。 「いったい何を買ってきたんですか?」  興味津々で背後からサイラスの手元を、ヴァルトが覗き込んでいる。 「発情抑制剤の材料だ」 「発情抑制剤の材料? 俺が買った市販品がありますよね? まさか飲んでないんですか?」  狼の耳をピンッと逆立てて、ヴァルトは不機嫌そうな声をあげた。 「ちゃんと飲んでるよ。でも……」  サイラスは言いにくそうに口ごもる。 「効き目が……悪い気がするんだ。たぶん市販品には月光花が入っていない」  ヴァルトから貰った市販品の発情抑制剤を飲み続けているが、サイラスはまた微熱を感じ始めていた。  (月光花は希少過ぎるから、市販品には始めから材料として含まれていないんだ) 「だから自分で作ることにしたと?」 「そういう事だ。今から作業に入るから……」  そこまで言いかけた時だった。  突然背後にいたヴァルトに抱き寄せられて、サイラスは驚く。 「ヴァルト? 急にどうした?」 「言いましたよね? 抑制剤が効かなくなったら、俺を利用して欲しいって」 「ちょっ! 待てって! んっ‼」  抵抗する間もなく強引に唇を塞がれ、サイラスは目を白黒させる。 「んんっ‼」  身を捩って逃げようとしても、ヴァルトの力強い腕から逃れる事が出来ない。  ヴァルトに唇を割り開かれ、熱い舌で歯列を撫でられると、サイラスの背筋をゾクゾクとした甘い痺れが走る。  舌を絡め取られ、溢れ出た唾液が唇の端から喉元へと零れ落ちた。  ようやく解放された途端、サイラスの体はカクンと力が抜け、ヴァルトにしがみつく。 「大丈夫ですか?」  悪気ない顔をして尋ねてきたヴァルトを、サイラスは睨めつける。  だがへにょりと耳を倒し、しょんぼりとした目で見つめられると、怒るに怒れなくなってしまう。 「こういう事は……しなくていい」  サイラスは荒い息を吐きながら、顔を背けた。  拒絶したはずなのに、ヴァルトは全く気にする事なく、サイラスの額に手で触れる。 「……まだ少し熱がありますね。たぶんすぐに下がりますから。今夜は無理しないで、早く休んでください」  そっともう寝るように促されてしまう。 「お前はどうして……」 「言ったでしょう? 俺は師匠の事が好きだから。あなたの役に立つなら、なんだってします」  当然のように返されて、サイラスは口ごもる。 「人の気も知らないで……」  サイラスが呟いた言葉は、聞こえているはずなのに。  ヴァルトは静かに微笑んでいるだけだった。  

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