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第19話 お前を……道具にしたくないんだ
深夜遅くサイラスは目を覚ました。
ヴァルトが言っていたとおり、熱は完全に下がったようで、体の怠さが消えていた。
『言いましたよね? 抑制剤が効かなくなったら、俺を利用して欲しいって』
「お前の気持ちを知っていながら、利用するなんて……出来るわけないだろ」
隣のベッドで眠るヴァルトに向かってサイラスは呟く。
ヴァルトは起き出す気配もなく、熟睡しているようだった。
サイラスはアルファの子作りの道具として、生きた宝石と呼ばれるオメガ性を呪いのような物だと思っていた。
そのオメガの発情を抑える為に、アルファであるヴァルトを抑制剤代わりの道具にするなんて……
人ではなく道具にされる事を何よりも嫌っているサイラスにとって、ヴァルトを道具になど出来るわけがないのだ。
(やっぱり何がなんでも抑制剤を作らないと)
その為には、絶対に月光花は手に入れるしかない。
「風の乙女よ」
サイラスの右手に小さな魔法陣が浮かび上がる。
「水の精霊よ」
左手にもポウッという音と共に、魔法陣が現れた。
「あまねく世界を巡りし風よ。月の光を浴びて、夜にのみ咲く花を見つけ出せ。大地の脈動を知る水よ。その記憶をたどり、秘められし花の在り処を探れ。異なる力、一つとなりて、我が元へ真実を届けよ」
サイラスの詠唱により二つの魔法陣は一つに重なる。
輝きを増した魔法陣から、水で出来た魚が数匹飛び出してきた。
「月光花を探して欲しい」
サイラスの求めに応じて、魚達は風に乗り、宙を泳ぐように飛んで行く。
探索用に放った魚達を見送ると、サイラスはほっと息をついだ。
「魔石は使っていないからな」
ヴァルトを見つめながら、自分で自分に言い訳をして、サイラスは再び眠りについた。
翌朝、サイラスはヴァルトの叫び声で目を覚ました。
「あー! 何だこれ‼ 魔物かっ‼」
宙をピョンピョン跳ねる魚達を見つけたヴァルトが、不穏な気配を漂わせながら長剣を手に取る。
鞘から銀色に輝く刀身が見えて、サイラスは慌てて飛び起きた。
「待て! 切るなっ!」
急に起きたせいで、頭がクラクラして、サイラスはベッドに突っ伏した。
「師匠! 大丈夫ですか?」
「大丈夫じゃない……」
昨夜は熱も下がり安心したのに、再び体調不良に逆戻りだ。
サイラスは「うーっ」と呻きながらも、こめかみを抑えながらなんとか体を起こす。
その様子を見て、ヴァルトがサイラスの背を撫でる。
「また熱が上がったんですね。無理しないでください」
ベッドに横になるように促されて、サイラスは大人しく従った。
「その魚は精霊の化身だから。魔物じゃない」
「ええっ?」
「俺が呼び出したんだ」
ヴァルトにじっとりとした目で見つめられ、サイラスは気まずげに目を逸らした。
ヴァルトの狼の耳はピンッと天を向いていて、たてがみがあったら間違いなく逆立っているはずだ。
(これは相当怒ってる……)
サイラスはベッドの上で身を縮める。
「俺に隠れて精霊魔法を使ったんですね?」
「魔石は使ってない」
言い訳をするサイラスに、ヴァルトは不機嫌そうに眉を寄せた。
「何のために使ったんですか?」
「月光花を……探すためだ」
「月光花? 抑制剤を本当に自作するつもりですか?」
呆れた声を上げるヴァルトに、サイラスは小声でボソリと呟いた。
「お前を……道具にしたくないんだ」
聴覚の鋭いヴァルトは、サイラスの呟きをしっかりと聴き取る。
「道具って……俺が利用してくださいなんて言ったから、気にしているんですか?」
「そうだ……だってそういうことだろう? 俺は……お前を軽々しく利用なんてしたくない。お前にはもっと自分を大事にして欲しい。体を差し出すなんてまね、しないでくれ。悲しくなる」
自分で望まなくても、生きた宝石にされ、道具として売られたサイラスの母のような人もいる。
体を差し出すということは、幼い頃奴隷だったヴァルトに、同じ思いをさせると言うことだ。
「そんなこと……しちゃいけない」
目頭が熱くなり、泣き出しそうになって、サイラスは俯く。
その様子を見て、ヴァルトの耳がペタンと倒れる。
「すみません。師匠がそんなに気に病んでたなんて……俺の言い方が間違ってました」
ヴァルトは深呼吸するように大きく息をつく。
「俺を頼ってください。俺は師匠に必要とされたいんです。あなたが好きだから、苦しむ姿は見ていられない。助けになりたいんです。道具にされるなんて思っていません」
サイラスは目を大きく見開く。
「ヴァルト……」
ヴァルトは身を屈ませると、サイラスの頬に唇を寄せた。
サイラスが驚く間もなく、ヴァルトはサイラスの額にもキスを落とす。
涙が浮かぶ目元にも口づけ、涙を吸い取った。
「くすぐったい」
身を捩るサイラスに、ヴァルトは覆い被さるようにして、唇を重ねてきた。
サイラスは抵抗することもなく、素直に口づけを受け入れる。
薄く開いた唇の隙間から差し込まれたヴァルトの舌に、自分の舌を差し出して、絡め合わせた。
唾液を分け合うと、陶酔したように意識が飛びそうになる。
体の奥底から、本能がヴァルトの体液を求めていて、与えられた喜びに震えそうだった。
長い口づけを終えて、離れていくヴァルトに寂しさを感じて、サイラスは自ら手を伸ばした。
サイラスの気持ちに応えるように、ヴァルトはサイラスの手を握りしめる。
「もう少し寝てください。側にいますから」
その言葉に安心して、サイラスは目を閉じた。
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