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第22話 最後までしませんから*
「まさか……発情したんですか?」
サイラスを抱きとめたヴァルトが、信じられないと言いたげな目をした。
だがすぐにその表情は、雄の顔に変わる。
ヴァルトはサイラスを抱き上げると、片手で部屋のドアを閉め鍵をかけた。
迷わずサイラスをベッドの上まで運び込む。
ヴァルトに覆いかぶされ、唇を塞がれて、サイラスはその背にしがみついた。
与えられる口づけに、体が歓喜で震えるようだった。
ヴァルトはサイラスの唇を念入りに味わうと、頬に首筋にキスを落としながら、サイラスの衣服に手をかける。
ボタンが外されていくのを、どこかぼんやりと見つめながらも、サイラスはヴァルトの好きにさせた。
衣服を脱がされ、冷えた空気にさらされて、サイラスの胸の尖がピクリと立ち上がる。
衣服を脱ぎ捨てたヴァルトは、サイラスの両胸を揉みしだくと、乳頭をペロリと舌で舐めた。
その刺激で、サイラスの背がしなる。
こんな所を舐められて、気持ちいいなんて、サイラスは知らなかった。
いやいやと首を振るサイラスの耳元で、ヴァルトが囁く。
「最後までしませんから」
「……最後まで?」
熱に浮かされ、霞がかった思考では、ヴァルトの言う意味が理解できない。
「発情に流されるんじゃなくて、ちゃんと俺を選んで欲しいから」
赤く真摯な瞳に見つめられて、サイラスは頷く。
再び唇を塞がれると、サイラスは舌を差し出し、互いの唾液を味わった。
「こんなに濡れてる……」
ヴァルトはサイラスの濡れた窄まりに指を這わせる。
つぷりと襞をかき分けて指を差し込まれ、サイラスは呻いた。
「あっ、そこは……」
「ここ、刺激しないと。発情が治まらないから」
指を抜き差しされて、サイラスはビクビクと体を震わせる。
ひっひっと漏れる声が、泣いているようで、サイラスは目を閉じて刺激に耐えた。
「子宮が下がって来てる。分かりますか?」
体が子種を欲しがっているなんて信じられなくて、サイラスは否定するように首を振った。
ヴァルトは容赦なく指でサイラスの腹の中をかき混ぜる。
「ああっ。嫌だ、そこ」
「師匠の良いところ見つけた」
ヴァルトが嬉しそうに尻尾を振りながら、サイラスの前立腺を指で擦る。
その刺激であっという間に立ち上がった雄が白濁を吹き上げて、サイラスは悲鳴をあげた。
吐精の余韻で沈む体を、ヴァルトがギラついた目で見つめている。
呼吸がまだ整わず、動けないサイラスの目の前で、ヴァルトが自身の雄に手をかけた。
大きく勃起した雄を擦り上げ、ヴァルトは苦しげに呻くと、サイラスの腹の上に精液を吐き出した。
その様子をぼんやりと見つめながら、サイラスは目を閉じる。
「このまま寝ちゃいましょう」
サイラスの隣に横たわったヴァルトが、耳元で囁いた。
ヴァルトの腕に包まれて、その心音を聞きながら、サイラスは満ち足りた眠りに落ちた。
疲れ切ったサイラスが完全に眠りに落ちるまで、ヴァルトは涙で濡れたサイラスの顔を見つめていた。
無防備に体を預け、ヴァルトの腕の中に収まるサイラスは、まるで幼い子供のようで愛おしい。
いつだってヴァルトを支え導いてくれたサイラスは、大人で保護者で兄のようであり、ヴァルトに生きる術を教えてくれた師匠だった。
あの幼い日出会った瞬間から、ヴァルトにとってたった一つの生きる縁で、暗闇を照らす光だったのだ。
サイラスを番にすると誓った日から、ずっと片思いで、どうしたら手が届くのだろうと、一生懸命背伸びして、早く大人になりたくて仕方がなかった。
「やっと……やっとだ。もう絶対に離さない」
ヴァルトは腕の中のサイラスを引き寄せて、大事に抱え込む。
しっとりと汗ばむ金の髪に唇を寄せ、その匂いを味わった。
欲しくてたまらなかった人を手に入れた喜びと同時に、サイラスの魔力を吸い続けその命を蝕んでいる恐怖に慄く。
だが……金髪の間から覗くサイラスの首筋が目に入った途端、ヴァルトは恐怖よりも強い支配欲が湧き上がってきて、綺麗な首筋に噛みつきたくなった。
今ならサイラスを番に出来る。
首筋に歯を突き立て、消えない傷跡を刻んでサイラスの自由を奪い、このまま一生涯自分だけの番にしてしまいたい。
でも……ヴァルトはすんでのところで我に返る。
(今はまだ駄目だ)
サイラスが大事だから、サイラスの気持ちを無視して番にするなんてできない。
(番にして束縛した挙句、師匠の魔力を吸い尽くしてしまったら……)
『人間はさ、魔力が切れると簡単に死んじゃうから。あのオメガが大事なら、魔力を吸うのも程々にした方が良いよ。吸い尽くしちゃうと死んじゃうから』
ロキの嘲る笑い声が脳裡に響いて、ヴァルトはぎゅっと眉間にしわを寄せた。
(師匠が死んでしまったら……俺は……生きている意味がない)
『面白いなぁ~、兄上は。うん、もういっその事、隷従しちゃいなよ。犬みたいにさ〜家畜になって。あのオメガの下僕になれば良いよ。そうすれば魔力切れ防げるよ。たぶんね?』
ロキはこうも言ったのだ。
サイラスに隷従すれば、魔力切れを防げると。人間の犬になれと。
ロキにとっては、屈辱的なことなのかもしれない。
(でも俺は……師匠の側にいられるなら、犬にだってなってやる! それで師匠の魔力切れを防げるなら、安い代償だ)
どうすれば隷従できるのか、方法は分からないが……
ロキはまたヴァルトの前に現れるはずだ。ヴァルトがサイラスの犬になると言えば、喜んで方法を教えてくれるだろう。
(あいつの本当の目的はわからないけど……俺をおもちゃにするのが楽しくて仕方がないんだ)
サイラスの為なら、おもちゃにされようと構わない。
(次に会った時は必ず、方法を聞き出してやる)
温かい眠りから目覚めて目蓋を開くと、サイラスの目の前に人肌があった。
ぼんやりと見上げると、黒髪に可愛らしい狼の耳を生やしたヴァルトが眠っている。
(なんでヴァルトが?)
我に返りガバリと身を起こしたサイラスは、一糸まとわぬ自分の体を見て、愕然とした。
「えぇっ」
(……やってしまった……)
もう赤くなって良いのか、青くなれば良いのか分からない。
オロオロと周囲を見回したサイラスは、脱ぎ散らかした衣服をかき集め、そっとベッドから抜け出そうとした。
「まだ起きるには早いですよ。もう少し寝ましょう?」
伸びてきた腕に引き戻されて、サイラスは再びベッドに沈んだ。
「あ……あのな……ヴァルト」
昨夜の痴態をどう謝れば良いのかと、サイラスはオロオロしながら恐る恐る尋ねる。
「子供みたいなわがまま言ってしまって……ごめん。あんなの……俺じゃない」
「でも師匠は好きって言ってくれました。好き同士、もう恋人って事で良いですよね?」
嬉しそうに尻尾をパタパタと振るヴァルトの姿に、サイラスは「うっ」と口ごもる。
「……嘘だったんですか?」
へにょりと大きな耳を倒してじっと見つめられると、サイラスは真っ赤になってボソリと呟く。
「……嘘じゃない」
「師匠。大好きです!」
ギュッと抱きしめられて、サイラスはヴァルトの胸の中に収まった。
(ああ……もう逃げられない)
サイラスは意を決してヴァルトに告げた。
「ヴァルト、お前の事が好きだ。この気持ちは嘘じゃない。でも……番にはなれない」
ヴァルトは穏やかな目をしたまま、じっとサイラスを見つめている。
「お前は……まだ若い。お前の将来を縛りたくないんだ。……俺にはきっと……お前の望む番の形は……叶えてやれない」
サイラスは口にしていて泣きたくなる。
ヴァルトとの年齢差は埋められない。
年若いヴァルトは、きっと家庭も持ちたいだろう。
でもサイラスは……まだオメガ性を受け入れられない。
自分ではヴァルトの望むものは与えられないのだ。
シュンとするサイラスの髪に、ヴァルトは顔を埋めると、匂いを吸い込んだ。
「……そんなこと。気にしなくて良いんですよ。俺も……まだ……」
ヴァルトは口ごもる。
「ヴァルト?」
「解決しなきゃいけないことがあるんです……必ずなんとかしますから、待ってて下さいね」
ヴァルトは微笑む。
「あ……いや、俺は……」
「俺は諦めませんから」
力強くヴァルトに宣言されて、サイラスは曖昧な笑みを返す事しか出来なかった。
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