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第23話 ツンドラの一族

 獣人の国エリンドルの北方には、ツンドラという一年中雪と氷に覆われた極寒の地があった。  そこは絶界と呼ばれ、獣人はおろか人間も立ち入ることが出来ない。  草木は育たず日も沈まない白夜が続き、自然環境が厳しすぎるその土地に、数百年に渡ってひっそりと隠れ住む神獣の一族がいた。  その一族は神と同格の力を持ち、銀の髪に青い湖畔のような目をした、彫像のように美しい容姿をしていた。  白一色に染まるその世界では銀の髪は目立たず、隠れ住むには適していたのだ。  一族は神に見つかる事を恐れていた。  一族の初代の長は、黒髪に赤いルビーのような美しい目をしていた。  初代の長は予言により神を殺す存在とされ、無実の罪で鎖に繋がれて殺されてしまったのだ。  以来一族は神に見つかる事を恐れて、ツンドラの地に隠れ住んでいる。  獣人にも人間にも関わらず、ひっそりと身を潜めて。  それが一族を守る為の掟だった。  黒髪に赤い目を持つ長の子が追放されて七年後、ロキは産まれた。  ロキの母は長が二度目に迎えた妻で、ヴァルトの母ハティの実の妹だった。  体が弱かったロキの母は、ロキを産んで間もなく亡くなってしまった。  早くに母を亡くしたロキは、乳母達によって育てられた。  母を失ったロキを周囲は憐れみ、必要以上に甘やかされて育ったのだ。  次期長になることを期待され、大事に育てられたロキは、世間知らずの子供だった。  ロキはとても賢い子供で、長の子という地位もあり、次第に周囲の大人達を見下すような言動が目立ちだす。  幼い子供でありながら、突出した魔力を持っていた事も、誰もロキの行動を諌める事が出来ない理由の一つだった。  ロキの父である長も、我が子に手を焼くようになっていたのだ。  長はずっと後悔と罪悪感を抱えて生きてきた。  初代の長と同じ容姿というだけで、ヴァルトとその母のハティを追放した事をだ。  ヴァルトを手元に残していれば、ロキのような問題は起こさなかったのではないか?  目に余るロキの行動を見るにつけ、長の後悔は深まるばかりだった。  黒髪、赤目はただの先祖返りで、一族を滅亡に追い込むような脅威にはならなかったのではないのか?  手元にいないヴァルトは長の中で理想の息子化され、次第に長は無意識のうちにロキと比較するようになっていた。  賢いロキは父である長の心変わりを薄々感じていた。  父に愛されていないのかもしれないと、ロキは思うようになっていたのだ。    「ロキ様は共感性に乏しいようだ」 「他人の気持ちが理解出来ていないようで、わがままに育ってしまった」 「次期長になる者として、資質に問題があるのではないか?」 「忌み子を手元に残すべきだったと、長も悔やんでいるようだ」 「滅多なことを言うもんじゃない。ロキ様に聞こえてしまう」  (全部丸聞こえなんだけど!)  ヒソヒソと囁かれる周囲の大人たちの声は、聴覚の鋭いロキには筒抜けで、日頃ロキは不満を募らせていた。 「ロキ。お前……獣人たちに手を貸したとは、本当か?」  長である父に呼ばれた途端、険しい顔で睨みつけられて、ロキは驚いた。 「ちょっとだけ力を分けてあげただけだよ? だって獣人は僕らの眷属でしょう? 助けてあげてなにが悪いの?」 「ロキ……お前は……何も分かっておらんのか……」  父は頭を抱えて、大仰にため息をついた。 「我らがなぜ隠れ住んでいるのか。全ては一族を守る為。獣人にも人間にも関わるなと、あれ程教えてきたはず。目立った行動はしてはならんと、私は言ったではないか」 「でも……」 「でもじゃない! こんなことなら……ハティとヴァルトを手放すべきではなかった……」  悔しそうに顔を歪める父の姿に、ロキはムッとして言い返す。 「何でおばさまと兄上の名前が出るのさ! もういない奴らなのに! 関係ないでしょう⁉」 「ロキ……お前は……そんな性根では長にできん‼ 反省しろ‼」  父に激怒され、ロキはむしゃくしゃしたまま部屋を飛び出した。  (僕は長になるって決まってるのに‼ 父上は何であんな事言うんだろ?)  全く父の言う言葉の意味が理解出来ないロキは、怒りで周囲の者に当たり散らした。 「ロキ様。落ち着いてください」  乳母に宥められても、ロキの怒りは収まらない。 「ねぇ、ヴァルト兄上って今何処にいるの? 生きてるんでしょ? 父上はヴァルト兄上のこと、僕の代わりに長にしたいのかな? 邪魔なんだよね……今すぐ消さなくちゃ」 「ロキ様‼ 何をおっしゃってるんですか‼」 「うん。決めた。サクッと消してくるね!」  ロキは乳母が止めるのも聞かず、無詠唱魔法を発動すると、あっという間に姿を消した。  神と同格とまで言われる一族の力を使えば、ロキがヴァルトを見つけ出すのは簡単な事だったのだ。  人間の国ガラハッド王国にヴァルトがいると突き止めたロキは、ヴァルトの様子をじっと観察していた。  (ふ〜ん、兄上って黒髪か。忌み子らしいや)  ヴァルトがいる限り、ロキは長になれない。  邪魔な兄を排除しなければ、父の愛情も取り戻せないのだ。  (忌み子のくせに、僕の邪魔ばかりして)  ヴァルトの行動を追跡し様子を窺っていたロキは、ヴァルトには綻びかけた封印が掛かっているのが見えていた。  (おばさまが掛けた封印か。なんで人間の魔力で封じてるんだろう?)  ヴァルトの側には常に人間のオメガがいた。  (アレの魔力を利用してるみたいだね。兄上は自分の魔力が使えないのか~面白いなぁ)  ほんの気まぐれでサイラスに手を出したロキは、ヴァルトに怒りまかせで応戦され、その力量を知りほくそ笑んだ。  (魔力が使えない兄上は超弱すぎっ! 僕の方が強いもん! このまま消しちゃっても良いけど……それじゃつまらないな~)  ロキは無邪気に微笑む。  (封印さえ解けなきゃ無害だもんね。もう少し兄上を生かしておこう。下等な人間のオメガといる神獣なんて、面白すぎるよ兄上)  ロキは新しいおもちゃを見つけた喜びで、笑いが止まらなかった。    

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