24 / 34

第24話 金の指輪

 オーレリアの町はガラハッド王国の東方部に位置していて、昔は金の採掘で有名な場所だった。  現在金はあらかた採掘され、極稀に砂金が取れる程度だが、金細工の町として昔の名残を残している。  ここはサイラスの実家であるファラモンド伯爵家の領地だ。  幼い頃サイラスは、何度か両親に連れられて来たことがあった。  あの頃は何の思い入れも感じなかった場所だが、兄のトリスタンから妻子の様子を見てきて欲しいと手紙で頼まれてからは、ずっといつかは訪れなくてはいけない場所だと思っていた。  もっと早くトリスタンが存命の頃に来る事が出来ていれば、という後悔もあって、サイラスにとっては複雑な気持ちだ。 「師匠? 大丈夫ですか?」  オーレリアに着いた途端、口数が減ったサイラスを心配したのか、馬を引くヴァルトがそっと声をかけてきた。 「ああ、大丈夫……と言うのは嘘だな…………」  あまり感情を表に出さないサイラスも、今回ばかりは気落ちして不安が顔に出てしまった。 「イゾルテさんに、なんと言ったら良いか……兄上が亡くなったと正直に伝えるしかないと思ったら……」  顔を曇らせ大仰なため息をついたサイラスの体を、ヴァルトがやんわりと抱き寄せる。 「俺もいますから。大丈夫です」 「ヴァルト……」  ヴァルトなりに勇気づけてくれているのだと、サイラスには分かる。  (分かってるんだけど……) 「あのな。人前でこういう事はやめろって言ってるだろ?」  ギュッと抱きついてるヴァルトを無理やり引き剥がそうとして、サイラスは身動いだ。  恋人同士になってからヴァルトは遠慮がなくなったせいか、スキンシップが過剰になってきた気がするのだ。  ようやく満足したのか、ヴァルトに解放され、サイラスはほっと息をつく。  フードを被っていても、ヴァルトは大きな狼の耳をへにょりと倒している事が分かるから、サイラスは仕方がないなと許してしまった。  トリスタンからの手紙によると、イゾルテとセオドアが住んでいる家は、オーレリアの町の中心街にあった。  そこは金細工の店と工房が立ち並ぶ職人街で、通りには様々なアクセサリーが展示されている。  陽光を受けてキラキラと金色に輝く通りは、華やかだった。  遠路はるばる王都から買い付けに来る商人達で、職人街は地方都市とは思えないくらい栄えている。  そんな通りを手紙に書かれていた記憶を頼りに進むサイラスは、突然ヴァルトに腕を引かれ足を止めた。 「どうした?」 「少し寄り道しても良いですか?」  ヴァルトにしては珍しく気になる物があったようだ。  一軒の店の中にサイラスはヴァルトに連れられて入って行く。  そこは指輪や宝飾品を扱う店だった。 「指輪を見せて下さい」  ヴァルトは店主に頼み、指輪を取り出させる。  しげしげと金色に輝く指輪を見つめるヴァルトは、シンプルなリングを気に入ったようだ。 「これ嵌めてみても良いですか?」  店主に断りを入れ、ヴァルトは指輪を手に取る。 「それにするのか?」  脇から覗き込んでいたサイラスが、尋ねた時だった。  ヴァルトはサイラスの左手を取ると、指輪を嵌めてしまった。 「うん、ぴったりですね。これにします」 「え……おい、ヴァルト?」 「フードコートのお礼です。貰って下さい」  サイラスが呆気にとられている間に、ヴァルトはさっさと会計を済ませてしまう。  フードコートとは比べ物にならない程、高価な純金の指輪だ。 「ヴァルト、これは……こんな高い物」 「師匠の髪と同じ金色で、綺麗です」  パタパタとフードコートに隠れていても揺れる尻尾が見えてしまっては、サイラスも受け取るしかない。  (恋人に指輪を贈る意味、分かってるのか?)  真っ赤になって俯いたサイラスは、ボソリと呟いた。 「ありがとう……大事にする」  店を出たサイラスは、ヴァルトと共に職人街の通りを歩いて行く。  華やかな宝飾店が並ぶ通りを過ぎ、金細工の工房が建ち並ぶ一角まで来ると、サイラスは足を止めた。  そこには一軒の小さな金細工の工房があった。  看板には星巡り工房と書かれている。 「ここだ」 「師匠、ここって……工房なんじゃ?」 「イゾルテさんは金細工の職人だ。この工房の主人をしてるらしい」  サイラスは意を決して工房の扉を開けようと手を掛けたのだが……。 「閉まってる。留守かな?」  工房をのぞき込みながら、うろうろしていると、近所の住人の女性が声を掛けてきた。 「お客さんかい? 星巡り工房なら、もうやってないわよ」 「え?」 「工房主のイゾルテさんが亡くなってしまったの。良い職人だったんだけどね……」  (イゾルテさんが……亡くなった?) 「そ……それは、いったい何時のことですか? まさか……亡くなっているなんて……」  真っ青な顔で動揺が隠せないサイラスを見て、住人は顔色を変えた。 「三ヶ月位前の事かしらね? 流行病であっけなく」  (病死してたなんて……兄上は……) 「兄上は……知らなかったのかもしれない」 「大丈夫ですか? 師匠」  ヴァルトがやんわりとサイラスの背を撫でる。  その手の温もりに、サイラスの気持ちが落ち着いて来た頃だった。 「あなた……もしかしてイゾルテさんのお身内の方?」  住人に問われ、サイラスは口を開いた。 「義理の弟です。兄が……兄が亡くなったので、代わりに俺が迎えに来たんです。兄とイゾルテさんには、子供がいた筈なんですが……知りませんか?」 「セオちゃん?」 「そうです! セオドアです! 今どこにいるんですか?」 「セオちゃんなら引き取り手がいなくて、孤児院に行ったのよ。あなたイゾルテさんの弟さんなら、早くあの子に会いに行ってあげて」  住人の女性から孤児院の場所を聞き、サイラスはヴァルトと共に町外れの孤児院へと向かった。  オーレリアの町の孤児院は、中心街から離れた郊外にあった。  きらびやかだった中心街を離れると、そこはのどかな田園風景が広がっている。  遠くに見える円錐形の塔は、孤児院に併設されている教会の物のようだ。  サイラスは馬に乗りながら、孤児院にいるセオドアを思っていた。  まだ一度も会ったことのない甥っ子だ。  (兄上に似ているだろうか? 早く会いたい)  そんな逸る気持ちを抱えながら馬を走らせていると、隣で馬に乗るヴァルトが声をあげた。 「師匠、止まってください」 「どうした? 急に」  サイラスが馬を止めると、同じく止まったヴァルトが、大きな狼の耳を隠していたフードを外した。 「悲鳴が聞こえます。子供の泣き声? 誰かが助けを呼んでいる……」  ピクピクと動くヴァルトの狼の耳が、遠くの物音を聞き取っている。 「怒声と馬の蹄の音……馬車が走り出したようです」 「子供の泣き声って……まさか!」  前方に見える孤児院がある方角を見つめ、サイラスの表情がこわばった。 「孤児院で何かあったのかもしれない。急ぐぞ!」  馬を走らせるサイラスの後を追って、フードを被ったヴァルトが続く。  (セオドア、無事でいてくれ!)  眼前に孤児院の建物が見える。  建物の外には、高齢の修道女がオロオロと走り回り、助けを求めていた。  その傍らには、修道女をなだめている若い修道士がいる。  パニック状態に陥っているのか、修道女の悲鳴が辺りに響いていた。 「ああっ! 誰か! 誰か!」 「落ち着いて下さい! マザー!」 「ああっ! どうしたらっ! どうしたら良いの?」  周囲を走り回り、必死に叫ぶ修道女を、年若い修道士が落ち着かせようとしている。  ただならぬ雰囲気にサイラスとヴァルトは急いで近寄ると、二人に気づいた修道女が駆け寄ってきた。 「助けて! 助けて下さい! 子供達が! 子供達を助けて!」  馬から降りたサイラスは、修道女を落ち着かせようと声をかけた。 「何があったんですか?」 「子供達がっ! 獣人に拐われてしまったの! ああっ! お願い! あの子達を助けて!」  (獣人?)  必死にサイラスに縋る修道女を見て、ヴァルトが驚き顔色を変えた。 「ヴァルト!」  咄嗟に馬を走らせようとするヴァルトを、サイラスは止める。 「落ち着け」  獣人と聞き、あきらかに動揺しているヴァルトを、サイラスの一言が押しとどめる。 「俺達が後を追います。あなたはここで待っていて下さい。大丈夫です。必ず助けます」  サイラスは修道女に告げると、修道士に向かって叫ぶ。 「今すぐ警備隊に連絡するんだ! 急げ!」  修道士は慌てて走り出す。 「ヴァルト! 逃げた獣人の方角は分かるか? 追うぞ!」 「はい!」  サイラスはヴァルトと共に再び馬を走らせた。  

ともだちにシェアしよう!