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第28話 封印が……解けた……

 子供達を連れて馬を走らせたヴァルトは、必死に振り返りたい気持ちを堪えていた。  (駄目だ! 前を向け! 振り返ったら、進めなくなる!)  本当は今すぐ引き返して、サイラスの元へ戻りたい。  でも……助けて欲しいと、子供達を託されたのだ。  今ここで引き返し、子供達を救えなかったら、サイラスの行為を無にする事になる。  巨大な飛竜相手に、どこまで逃げれば良いかなんてヴァルトには分からなかった。  逃げれば逃げる程、サイラスの元へ戻る時間がかかってしまう。  (精霊魔法が切れたら……確実に師匠は動けなくなる)  自分は逃げる事が出来ないと知っていながら、サイラスは残ったのだ。  (きっとそれは……俺を逃がす為だ)  子供達を託されれば、ヴァルトに断る事など出来ないと知っているから……  (必ず戻ると誓ったんだ! 俺は絶対に師匠を迎えに行く!)  今は辛くても前を向く。そして必ずサイラスを救う!  それだけを胸にヴァルトは馬を走らせた。 『どこまで逃げたんだ?』 『子供を連れて、そんなに遠くまで行けるはずがない』  ふとヴァルトの狼の耳が、男達の話す声を拾った。  (馬が二頭……二人連れか?)  子供達を置いて逃げた獣人は、もっと人数が多かった筈だ。  (金属が擦れる音……甲冑を着てる……もしかして!)  ヴァルトは馬を止めると、声が聞こえた方へと方向転換する。  (オーレリアの警備隊だ!)  前方に騎乗した騎士が二人いる事に気付いたヴァルトは、真っ直ぐに騎士に近づく。  いきなり現れたヴァルトの姿に驚いた騎士達は、ヴァルトのピンと立ち上がった狼の耳を見て、剣を抜いた。 「獣人! お前が犯人か!」 「子供達を解放しろ!」  ヴァルトの姿に子供達を拐った獣人と勘違いした騎士達は、凄む。  どう誤解を解けば良いのかと、考え込んでしまったヴァルトの背後から、サイラスの馬に乗ったセオドアが声をあげた。 「違う! このお兄さんは助けてくれたんだ!」 「助けた……だと?」  信じられないと言いたげな顔をして、騎士達はセオドアを見つめていた。 「嘘じゃない! このお兄さんと、もう一人のお兄さんが、助けてくれた!」  セオドアの訴えに、騎士達は剣を鞘に戻した。 「子供達を頼みます」  ヴァルトは馬から降りると、子供達を全員騎士達に預けた。 「急いでこの場から離れて下さい。飛竜がいるんです!」  ヴァルトの言葉に、騎士達は驚きのあまり蒼白になる。  再び馬に乗り、戻ろうとするヴァルトを見て、騎士の一人が口を開いた。 「君はっ! 君はどうする気だ?」 「俺は戻らないと行けないんです!」 「待て! 君も逃げろ!」  騎士はヴァルトを引き留めようと声をあげたが、ヴァルトは真っ直ぐもと来た道を引き返して行った。  サイラスの元へと馬を走らせるヴァルトの耳に、大空を切り裂くような風の音が聞こえる。  遠く確かに響く地鳴りのような咆哮は、自由を奪われた飛竜の怒りの叫びだった。 「精霊魔法が……解けた……」  (まさか……師匠は……)  空を駆け抜ける飛竜の影が、轟音とともに地面に落ちてくる。  飛竜は地上の木々を吹き飛ばし、荒れ狂った口から吐き出したブレスで、草が焼ける煤けた臭いがする。  最悪の予感に体が震え心臓が止まりそうになるが、ヴァルトはギュッと手が白くなるほど強く手綱を握りしめた。  (師匠‼)  恐ろしい予感に身が竦みそうになったが、ヴァルトは奥歯をギリッと食いしばると、前を向く。  (急げ! 急げ! 急げ‼)  全速力で馬を走らせ、サイラスと別れた場所へとたどり着いた。  だがそこには転がった馬車が残されているだけで、サイラスの姿はない。  周辺の地面は抉れ、木々は吹き飛び、ほんの僅かな時間で荒れはて、景色が変わっていた。  (師匠! 師匠は‼)  声に出して名前を呼び、叫び出したい気持ちを抑えて、ヴァルトはサイラスを探した。  敏感なヴァルトの鼻は、数十メートル離れた場所から、微かに漂う血の臭いに気付いた。  急いで駆けつけたヴァルトが見たものは、口から血を流し倒れている傷だらけのサイラスの姿だった。 「あ……」  思わず呆けたように立ち止まったヴァルトは、ガクガクと足が震え跪く。  陽の光を受けてキラキラ輝く金髪は土埃で色を失い、ヴァルトの好きな優しい翡翠色の目は閉ざされたまま動かない。 「う……そ……嘘、ですよね?」  サイラスの綺麗な顔は血に染まり、衣服が真っ赤に濡れていた。 「師匠? 返事、して下さい…………」  震えて力が抜けた体で、必死に這いつくばり、ヴァルトはサイラスの元へと近付いた。 「師匠?」  蒼白なサイラスの顔を見た途端、ヴァルトの中で金属が壊れる激しい音が響いた。 「あ……」  体の中から感じた事がないほどの魔力が溢れ出す。 「これは? 鎖……」  パキンッという音を立てて、見えなかったはずの長い鎖が、地面に落ちた。  鎖という戒めが壊れて、母の最後の言葉が蘇る。 『いつかあなたが自分の力で自分の命を守れるようになったら。その時が来れば、封印は解けます』  (封印が……解けた……)  ヴァルトは忘れていたはずの一族の真名を取り戻す。 「俺は……俺の名は……神獣フェンリル」  ヴァルトの姿を見つけた飛竜が一匹、上空から風を切り急降下して迫って来た。  ヴァルトは、サイラスを背後に庇い立ち上がる。  その姿は大きく膨れ上がり、四つ足の獣へと変わった。  そこにいたのは、炎のように赤い瞳と、黒い闇夜の毛を逆立てた、巨大な狼だった。  かつて神を殺すと予言された、フェンリルの長と同じ姿を取り戻したヴァルトは、迫りくる飛竜に向けて遠吠えをあげる。  吠え声は疾風の刃に変わって、飛竜の全身を切り裂いた。  翼を裂かれた飛竜は、バランスを崩し墜落する  地面に叩きつけられた飛竜に目掛けて、ヴァルトは追撃の無詠唱魔法を放った。  一瞬にして氷漬けになった飛竜は、パキパキという音を立ててひび割れる。  パキンッという甲高い音がして、白い瘴気と共に飛竜の体は破裂する。  瞬く間にバラバラと砕け散った飛竜の姿は、地面に溶けて消えてしまった。  ヴァルトは駆け出すと、上空を飛ぶ二匹の飛竜に向けて遠吠えをあげ、疾風の刃を放つ。  渦を巻く刃に切り裂かれた飛竜達は、揚力を失い地面へ落下する。  唸り声をあげ、最後の反撃とブレスを吐き出す飛竜に向けて、ヴァルトの無詠唱魔法が激突した。  飛竜のブレスは霧散し、なす術もない飛竜は、一瞬にして白い冷気に包まれる。  氷像となった飛竜達はひび割れ、あっという間に炸裂する。  バラバラと地面に落ちた飛竜の欠片は、跡形も無く消えてしまった。  

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