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第30話 誓い
ヴァルトに抱きかかえられ、馬に乗せられて、サイラスがオーレリアの孤児院まで戻って来た頃には、すっかり夜になっていた。
ヴァルトから、セオドア達はオーレリアの警備隊に預けたと聞いていたので、無事だと知っていたけれど。
サイラスは子供達がちゃんと孤児院に戻れたか、気になっていたのだ。
建物の外から様子を見るだけのつもりだったのだが、孤児院の入り口の前にはじっと立っている子供達の姿があった。
「あっ! お兄さん達! 帰って来た!」
「マザー! お兄さん帰って来たよ!」
サイラスとヴァルトの姿を見つけた子供達が、声を上げ走り寄って来た。
「お兄さん達、無事だったんだね!」
嬉しそうに満面の笑みを浮かべていた子供達だったが、ヴァルトに抱えられ、血だらけの衣服を着たままのサイラスを見ると、とたんに驚いて青ざめてしまう。
「大変! マザー! 早く来て!」
「お兄さん、怪我してる!」
子供達に呼ばれて高齢の修道女と、若い修道士が慌てて建物から飛び出して来た。
「大変! なんてこと!」
血相を変えた修道女に、サイラスが説明する。
「大丈夫です。怪我はヴァルトに治療して貰いましたから。魔力切れを起こしてしまって……今は自力で立てないだけです」
サイラスはヴァルトから魔力を譲渡されたばかりだ。
疲弊した体が元に戻るまでには、もう少し時間が必要なのだ。
「一晩休めば回復しますから」
後日また出直すつもりで、サイラスは修道女にそう伝えたのだが。
「うちで休んでいって。子供達を助けて貰ったのだから、当然よ」
まるで決定事項のように告げられてしまって、面食らってしまう。
「私の服でよければ、着替えを用意します。使って下さいね」
修道士もニコニコと微笑んでいる。
断り切れない雰囲気にサイラスがヴァルトを見つめると、困ったなと言いたげに狼の耳がへにょりと折れていた。
空いている部屋を一つ用意してもらい、修道士から借りた衣服に着替えると、サイラスはベッドに横になり休ませて貰った。
その隣にヴァルトがモゾモゾと潜り込んでくる。
男二人が横になるには、狭いのに。
ちゃんとヴァルトのベッドも用意してあるけれど、不安なのか一人で眠りたくないようだった。
サイラスを背後から包み込むように抱き込んだヴァルトは、サイラスの首すじに顔を埋めている。
「ヴァルト?」
「師匠が……ちゃんと生きててくれて……良かった……怖かったんです……」
「……心配かけて……ごめん」
「生きててくれたから……良いんです」
「ヴァルト」
サイラスは身じろぐとヴァルトと向き合う。
「目を閉じろ」
不思議そうにしながらも、ヴァルトは素直に目を閉じる。
サイラスは意を決すると、自分からヴァルトに口付けた。
驚いたヴァルトが目を開ける前に、唇を離す。
「もう……お前を不安にさせるような事は、絶対にしないから」
頬を赤く染めながら、サイラスは照れくさそうに顔を背けた。
「師匠……」
ヴァルトは尻尾をブンブン振り回しながら、サイラスにギュウギュウ抱きついてきた。
翌朝、ようやく自力で立てるようになったサイラスは、修道女に頼みセオドアと話す時間を設けてもらった。
「大事なお話って何?」
まだ十歳にも満たない年齢のセオドアは、聡明そうな目元がトリスタンによくにていて、サイラスは胸がギュッと掴まれる思いがした。
母であるイゾルテを亡くしたばかりなのに、父であるトリスタンも亡くなったと知ったら、この小さな子は悲しみに耐えられないかもしれない。
それでも伝えなければならないのが辛くて、サイラスは躊躇する。
その背をそっと押してくれたのは、ヴァルトだった。
「大丈夫ですよ」
サイラスは頷き、セオドアと向き合う。
「俺は君のお父さんの弟だ。名前はサイラス。君の叔父だよ」
「お父さんの弟?」
「そうだ」
セオドアは驚いた子猫のように、目をまん丸にしている。
「お父さんから、お母さんとセオドアの様子を見に行って欲しいって頼まれてたんだ。本当はもっと早く来たかったのだけど……遅くなってしまってごめん」
「そうなんだ……」
母親の事を思い出したせいか、セオドアは寂しそうに俯く。
「お父さんはお母さんとセオドアを迎えに来ようとしてたんだ。王都にあるお屋敷に」
俯いたままのセオドアは、ギュッと強く握り拳を作っていた。
「……お父さんは事故で亡くなってしまったんだ」
本当は獣人達の犯した罪で亡くなったのだけれど、サイラスは本当の事は言えなかった。
まだ幼いセオドアに、獣人への敵意を覚えて欲しくなかったからだ。
ヴァルトを守る為でもある。
いつかセオドアが大人になり、真実を知る事があったとしても。
「……お父さんが死んじゃったの……僕……知ってたよ」
「え?」
「お父さんはオーレリアの領主様だから。みんなが噂してた」
「そう……か……」
オーレリアはサイラスの実家であるファラモンド家の領土だ。
大人達が噂すれば、子供の耳にだって入ってしまう。
サイラスはそれ以上何と言って良いか、分からなくなってしまった。
「セオドアは強い子だね」
黙って聞いていたヴァルトがセオドアの頭を撫でる。
「今まで一人で頑張ってきたんだね。偉い」
(ヴァルト……)
独りぼっちになってしまったセオドアの気持ちが、ヴァルトにはよく分かるのだろう。
ヴァルトに頭を撫でられていたセオドアは、我慢できなくなったのか、声をあげて泣き始めた。
「おいで……俺と一緒に王都に行こう。お祖父様とお祖母様が待ってるから」
グスグスと鼻をすするセオドアを、サイラスは抱きしめる。
ひとしきり泣いて落ち着いたセオドアは、「うん」と強く頷いた。
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