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いじめられっ子は美少年②

 だからといって、容赦を乞う以外に出来ることを、僕は思いつかない。 「お願いします……浣腸は許してください……浣腸は、許してください……?」  でも、浅井先生の反応は変わらない。  浣腸への恐怖で引きつった僕の顔を、冷ややかな視線で眺めるだけだ。  皮肉な話ではあるけれど、ここで助け舟を出してくれたのは、ずっと僕をいじめてきた悠馬先輩と怜央先輩だった。 「先生……本当に伊織に浣腸するんですか?」    困ったように笑いながら悠馬先輩が聞くと、怜央先輩もやっぱり苦笑いしながら、頷いた。 「さすがの俺たちも、そこまでひどい“いじめ”は、したことありませんよ……?」          ♫ ♫ ♫  怜央先輩の言っていることは本当だった。  この「牛乳浣腸」に比べれば、僕が二人から受けた仕打ちなんて「いじめ」なんて大袈裟なものじゃなかった。  体育館の裏手に連れて行かれて、そこで犬の物真似をさせられたり、溝に溜まった落ち葉を二、三枚口に押し込まれたり……。  教科書に落書きされたり、頬を軽く打たれたり、といった程度だ。  裸にさせられたこともなければ、今みたいに縛られたこともなかった。          ♫ ♫ ♫  でも、浅井先生が二人の意見に耳を貸すはずもなかった。  それどころか、「浣腸」という“いじめ”に躊躇した二人に、さも呆れたといった感じで溜息をついた。 「浣腸くらいでビビるなんて、お前たちも甘いな……? でも“伸び代”があるほど、俺も“指導”のやり甲斐があるってもんだ……?」            ♫ ♫ ♫  要するに、そういうことだった。  この「生徒指導室」で、浅井先生は“いじめっ子”を指導する。  でも、その「指導」というのは、いじめを咎めたり、反省を促したりするようなものじゃない。  再発防止策を講じたり、ましてや“いじめっ子”に罰を与えるようなものでは、決してない。  寧ろ、逆だった。  浅井先生は、今まで以上に残忍な「サディスト」になるように、“いじめっ子”を指導するのだ。  同時に、“いじめられっ子”を、いじめから快楽を見出す「マゾヒスト」へと貶める。  いじめから歓びを得られるようになれば、“いじめられっ子”が浅井先生に「告げ口」することもなくなる。  そうやって、いじめ問題を“封印”するのが、浅井先生の目的のようだった。          ☆☆☆☆☆  中学生の頃、同じクラスの男子から「ヨーロッパの少年合唱団にいると絵になりそう」って言われたことがある。  なかなか詩的な表現だったけど、彼の言いたいことはよく分かった。  自惚れるつもりもなければ、決して自慢するつもりもない――なんて、退屈な謙虚さを装ったりはしない。  勉強はそこそこ出来るけど、スポーツはからっきしで、友人もいなければ、そもそも友人を作ろうとも思わない。  どんなに些細なことであれ、他人の不幸を目の当たりにする時が、僕のいちばん幸せな瞬間だ。  卑屈で陰険な僕が、たったひとつ他人に周囲の注目を集めるのが、女の子に見間違えられることも珍しくない美貌だった。              ♫ ♫ ♫  ふんわりとした長い癖毛が、小さな丸顔を包んでいる。  その丸顔の中に、周囲の注目を集める中性的な顔立ちが収まっている。  前髪の下には、綺麗な弓形の睫毛を携えた大きな目が、やや広い眉間を挟んで並んでいる。  小さな鼻の下で佇んでいるのは、ふっくらとした唇。桜色の花弁を重ねたような、可憐な唇だ。  この顔立ちが、小柄で華奢な体つきと相俟って、女の子のような印象を周囲に与えているらしい。           ♫ ♫ ♫  もしかしたら、僕は優れた美貌に恵まれたことを神様に、あるいは僕を産んでくれた両親に感謝するべきなのかもしれない。  だけど、僕は自分の美貌を誇りに思っている一方で、両親に対しては、感謝どころか恨みを募らせていた。           ♫ ♫ ♫  僕の父親は、市内で中古車販売店を展開している。  経営は順調らしくて、会社の名前もこの辺りでは知れ渡っている。  つまり、僕は社長の“御子息”、いわゆる“お坊ちゃん”だった。  僕の優れた美貌も、この育ちの良さに依るところは大きいと思う。  だけど、経済的に裕福な家庭の中にいても、僕は幸福を感じたことはなかった。  その理由は、両親の無関心だった。  僕は次男で、五歳年上の兄がいる。  今は実家を離れて、都内の有名私立大学に通っている大学生なんだけど、この兄は絵に描いたような“優等生”だった。  小学校から高校を卒業するまで、勉学の成績は常に学年のトップクラスで、どんなスポーツでも必ず人並み以上に熟してみせた。  加えて、明るく社交的で友人も多く、父親もいずれは自分の会社を、この兄に継がせたいと考えているみたいだった。  一方の僕には、二人は全く無関心だった。  適当なお小遣いと学費さえ払っていれば、それだけで親の責任を果たしていると考えているようだった。  もし仮に、僕が学校でいじめられていることを両親に打ち明けたとしても、二人とも全く興味を持ってくれないだろう。  そんな両親の無関心が、僕の性格を歪め、屈折させた。  女の子みたいに可愛らしい僕を、その優れた容姿からは遠くかけ離れた、暗くて卑屈な男の子にしてしまった。  二人の先輩からいじめを受けているのも、僕のそんな性格が祟ったんだと思っている。

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