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「おれに問題ってこと?」  お仕置きされたりするやつ? と、尋ねる。問題児なのには違いがない。さっきの看守など、暴力を好まない看守たちには割と気に入られていることを逆手に取っている。本当に小さなころからここにいることもあって、ある程度見逃されている部分があるからだ。ノルマの言語を理解できないイル・セーラたちの通訳をサシャと共に買って出ていること、そしておかしさえ持っていけば簡単にヤレると思われている節がある。  ただ、相性の合わない看守からは毎回のように乱暴される。そしてそのやり方があまりにもひどくて、国医がやってきたときに仕事の手順を大幅に狂わせたり、仕事を増やしたりするはめになる。悪いのはユーリではないが、そのせいでC区の国医は割ところころと変わっていたりもするのだ。  前はそうでもなかったけれど、最近は成長期なのか妙に腹が減る。いまの量では足りないし、どうにかして食料を調達するにはそ看守を煽ってお菓子をもらうか、ゲストに甘えて持ってきてもらうしかないからだ。  レオネは首を横に振って、「きみはなにも悪くないよ」と、まだ少し怒りを滲ませた表情で笑ってみせる。笑顔になっていない。人間って怒りながら笑えるものなんだなと思ったけれど、それを言うと怒られそうな気がしたから、言わなかった。  レオネはそっとポートフォリオを閉じて、万年筆を胸ポケットに押し込んだ。少し憂鬱そうな表情でポートフォリオの表紙を眺めている。少しして、レオネがこちらに視線を向けた。 「ひとつ、聞かせてもらってもいいかい?」  頷く。自分にわかる範囲ならと言うと、レオネは「ありがとう」と、少し穏やかさが戻ってきた表情で笑った。 「前の責任者の名前とか、わかるかな?」 「ここの、ってこと?」  そうだよと、レオネ。ユーリはすぐに首を横に振った。 「おれたちには、そういう情報は下りてこない。さっきいた看守のおじさんはある意味いい人で、夜に来るのは面倒なやつっていうことはわかる」 「面倒?」 「そう、面倒」  いろんな意味で、とは言わなかった。機嫌がよければいいが、悪ければ7割乱暴される。隣の収容所にいたフォルス出身の知人は、そいつに嬲り殺された。だけど不思議なほど事件にならない。奴隷が一人死のうがどうでもいいと言わんばかりで、他の看守たちもあの男には口出しも手出しもできないようだ。いつものあの看守だって、見て見ぬふりをしている。自分たちに暴力を振るわないという意味ではいい人かもしれないけれど、乱暴されていても助けてくれるわけではないから、全面的に良い人ではない。  看守は基本的には性奴隷に手を出すことは許されていないが、夜勤の時にはほかの目がない。だから運が悪ければ本当に睡眠不足になる。睡眠不足のままに“いつもの薬”を嗅がされたら、効き過ぎる上にしばらくの間体が敏感になってしまう。あの看守はたぶん、それを狙ってユーリを抱きに来る。 「まあいいや。約束忘れないでね、お兄さん」 「ちょっと待って。そういえば、きみの名前を聞きそびれていた」  レオネが言う。奴隷の名前なんて聞きたがってどうするんだとばかりに、レオネを見る。その怪訝そうな目に気付いたのか、レオネが少し慌てたようにホールドアップをして見せる。 「ごめん、他意はない」  他意? 他意とは? ますます怪訝そうな表情になる。 「管理番号なら、286番」 「ここはきみたちを管理番号で呼んでいるのかい?」 「ここだけじゃなくて、どこもそうだと思うけど。お兄さん、ちょっと世間知らず過ぎない?」  同情されているのか、そうでないのか知らないが、その調子で毎回やりとりに驚かれるのは面倒くさい。おもしろいと思ったが、絡むと面倒な相手だと気付いて、踏み込んだことを後悔する。やっぱり初手で人を信用してはいけない。サシャになんて言い訳しようかなと考えていると、レオネは先ほどのポートフォリオを開いてなにかを探し始めた。286番と言いながらページを捲る。そしてぴたりと手が止まった。  その様子を眺めていたユーリは、自分が起こした数々の悪事が羅列されているのではないかと思い、そろりそろりと足音を忍ばせて部屋を出ようと後ずさりする。あと数歩でドアノブに手がかかりそうな位置に来た頃、レオネが両手で顔を塞いで天を仰いだのが分かった。  きょとんとする。このオーバーリアクションはなんなんだろう? 結構前に大やけどさせられたこととか、先々月あたりに看守の勤務状況を調べるために新人とヤッている現場を見られたこととか、そういうものが書き連ねられているのだろうか。そう思ったが、レオネが少しして体制を戻し、こちらに視線を向けた。 「きみは女の子かと思っていたけど、男の子だったのか」  そこからか。ユーリは返事をしなかった。この収容所に女性はいるけれど、男性とはさすがに区画分けされている。自分たちがいる場所の、医務室から反対側の通路のドアの先には、女性たちが収容されている。ただ数が少ないのと、女性は女性で身体的特徴から性奴隷にはさせられないため、たまにそういうのもいるが基本的には家事、炊事等の奴隷の世話や環境整備、収容所周辺の掃除等をさせられていることが多い。  「見る?」とぼろぼろになった服の裾を捲ろうとする。レオネはなにか別の言語で語気を強めた。やっぱりその言語は興味深い。ニュアンス等わからないが、なんとなく制止されたのが分かる。  面倒だけど、やっぱりおもしろい。ユーリは悪戯っぽく笑って、首を斜めに傾けた。 「レオネ」  名前を呼んでみただけなのに、レオネが瞠目した。名前が同じなのかと言い出される前に、ふふんと笑ってみせる。 「いい名前だよね。レオって呼んでいい?」 「それは、構わないけれど」  ユーリはレオネ――レオを注視して、含みのある笑みを浮かべた。面倒だけど、あの言語はなにかの役に立つかもしれない。最近刺激がなくてうずうずしていた。買ってもらえるなら面倒なやつの相手をしなくて済むし、毎回おかしが食べられるなら、多少面倒でも我慢をするか。そう開き直った。 「ユーリだよ」

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