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 サシャは美味しいものを食べているときは無言だ。食べ終わるまで、話しかけても返答がない。その味や触感に集中しまくっている。食べ物くらいしか楽しみがないからと言われればそれまでかもしれないけれど、サシャのこの集中力は異常だと思う。  少し飲み込みにくいリゾットの残りがようやく1/4くらいになったころ、足音が近付いてきた。すでにアップルパイを食べ終えていたサシャが、少し警戒するように前に出た。「壁際に行って後ろを向いていろ」とエトル語で言われる。それに応じてもそもそと後ろを向いていると、先ほどここに覗いた看守とは別の看守の声がした。 「Sig.クリステン、困ります」  制止するような、焦燥に駆られた声がする。 「これもぼくの仕事だ。困るようななにかがあるのか?」  その声に気付いて、ユーリはリゾットが入ったトレイを木箱に置いて、振り向いた。足音がふたつ、近付いてくる。牢の前を通ったのは、やはりレオだった。 「体調の悪い人がいないかを確認するだけだ。貴方たちに迷惑を掛けないし、仕事を邪魔するつもりもない」  端的に言いながら、レオがこちらを向く。目が合ったが、レオはすいと視線を逸らしてユーリたちがいる牢の前を通り過ぎて行った。  医務室で見聞きしたことは他言しない。それはつまり、外で出会っても知らないふりをする……ということかと解釈する。「おもしろい人」とぽつりと呟いたら、サシャが怪訝そうに眉を顰めた。 「まさか、あの人か?」  言いながら、牢から顔を出してレオと看守が遠ざかるのをサシャが見る。ユーリはニヤリと笑いながらまたトレイを手にして、リゾットを頬張った。 「いい人そうだけれど」  二人が角を曲がり切るまで、サシャが背中を見送る。その続きは言わなかった。サシャは鋭い。おもしろそうというだけで気に入るユーリとは真逆だ。 「おかしくれるし、なにもされなかった」 「なにも?」 「うん、なにも。昨日の腹痛騒動のことを聞かれはしたけど、不摂生と栄養不良って大嘘書き込んでたよ」  おもしろくない? というと、サシャは冷めた表情で眉間にしわを寄せた。 「大嘘を書くということは、嘘もつくということだぞ」 「そうかな? 国医って言ってるけど、じつは監査員とかだったりして。スパイみたいじゃん」  医務室で見聞きしたことは他言しないと言っていたから、さっきも目が合ったのに反応しなかったと、目をらんらんと輝かせながらサシャに告げる。楽しそうなユーリとは逆に、サシャは訝しげに目を細くして口元に手を宛がった。 「監査員が入るとは聞いていない。明日、ドン・フォンターナが来るから、確認するまであの人には近寄るな」  またエトル語でサシャが言う。ドン・フォンターナはサシャのお得意様だ。ユーリはともかくとして、サシャが看守たちから手を出されないのは、ドン・フォンターナという権力者専用の性奴隷だからだ。

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