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「こういうのをブラコンっていうんだぞ、ユーリ」 「ブラコン?」 「ユーリに妙な言葉を教えるな」  覚えなくていいと、サシャが語気を強める。意味はよく分からないけど、レオが今度来た時に聞いてみようと考える。サシャはいつもこうだ。両親はいないし、ふたりきりの兄弟なのだからわからないでもない。でも、それを思うと、エドはサシャ以上に冷静で、そして演技派だと思う。  エドは自分たちと違い、家族も、きょうだいたちも一緒にここに連れてこられた。5人きょうだいの真ん中で、一番冷静で立ち回りが巧い。常に周りの様子を窺っているし、余計なことを口にしない賢さがある。  ユーリたちがここに連れてこられた時には、エドの父親――クロードがふたりはエドとはきょうだいだということにしてくれた。でもそれがバレて、クロードは見せしめのために毒物を打たれ続けて殺された。それもほとんどのイル・セーラが目にする場所でだ。きょうだいたちも次々に殺されて、隣の棟にいる妹以外だけが残っている。    ユーリはエドとサシャを交互に見やって、へらりと笑った。 「サシャも好きだけど、エドも好き。両方お兄ちゃんじゃん」  「かわいいな、ユーリは」と、エドに髪の毛をもみくちゃにされる。せっかく綺麗に整えてもらったんだからやめろと文句を言ったら、余計にぐちゃぐちゃにされた。 「今日も夜間は診療医がいないらしい。昨日腹痛騒動を起こしたばかりだし、大人しくしておこう。薬のストックはまだある。それを言いに来た」  エトル語で言い終えたあとで、エドが手を下ろす。さっきサシャと話していたのは、そのことだったようだ。いつもはサシャ経由でその話を聞くのに、今日は自分にもそれを言ってくるのはどうしてなのだろう。きょとんとしてエドを見上げると、エドが木箱に手を突いて、左足を庇うように立ち上がった。 「ほかの場所にはシリルが言って回っている。新しい国医は悪い人ではなさそうだけれど、しばらく大人しくしておいたほうがいい。ああいう手合いが来た時、大体マテウスが荒れる」 「マテウスって誰だっけ?」  別に何の意図もなかったが、そう尋ねたらサシャとエドがほぼ同時に呆れたような声を出した。エドに右ほおを親指で触られる。 「おまえに傷を付けた、今日の夜勤者だ」  覚えろよと、エドが呆れたように言った。そんなことを言われても、みんな同じ顔に見えるのだ。レオを一発で覚えられたのは、あの目が独特だったから。付き合いの長い看守の顔を覚えているのは、付き合いが長いから。  そのマテウスとかいう奴は、ほかの荒い看守と同じで、いつもイル・セーラに侮蔑的な目線を向けてくる。だからそのことにしか印象が持てない。でも、“におい”はわかる。今日は機嫌が悪いからヤバそうだとか、そういう勘を頼りに無難な行動をとるようには心がけていた。

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