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「たしかに、マテウスはさっきの国医を快く思わないかもしれない」
サシャが考えるようなしぐさを見せながら言った。前にも、奴隷に優しい診療医と看守がいただろうと、エトル語で話しかけてくる。
「ドン・フォンターナの話では、ふたりともマテウスの指示で殺されたのではないか、と。マテウスは上流階級と司法にコネがあるから、少々の横暴を見逃されるらしい」
「もしかして、強制労働先にいた、あの?」
エドが言うと、サシャが頷いた。そういえば最近姿を見ないと思っていたと、エド。彼がいるときにはちゃんと水を飲ませてもらえるし、休憩時間もきっちり取ってくれるから楽だったと告げる。「そういう“人間扱い”をすると、マテウスはいい顔をしない」と神妙な顔でサシャが言う。
それなら、確かにレオはマテウスと相性が悪いかもしれない。イル・セーラは奴隷ではないと言っていたし、カルテに結構なことを書いていた。サシャの言う通り、大人しくしておいたほうが無難だと思う。
「ユーリ、今日は壁際で寝ておいたほうがいいかもしれないぞ」
“あいつ”があの様子じゃ、たぶん大荒れだと、エドが声を潜める。あいつというのは、レオの行動を諫めていた看守のことだろう。あいつは気分によって配給にムラがあるからあまり好きじゃない。
「シリルの抱き枕になりにいけばいいじゃないか」
サシャがいいことを思いついたとばかりに言う。シリルの抱き枕と言われて、ユーリは「勘弁」と冗談めかして言いながらホールドアップした。
「体温高いから気持ちよすぎて起きれない」
ユーリがいうと、サシャとエドが静かに笑った。C区では、「眠れない日にはシリルの抱き枕になりに行け」という笑い話がある。今年の冬は本当に寒すぎて眠れない人が続出し、サシャが冗談めかして「シリルが一番体温高そうだから、くっついて寝たら?」と言ったことをきっかけに、本当にそうしてみたら、看守が呆れるレベルで誰も点呼に応じないほど熟睡した。それから毎日のように――と言っても、ユーリが聞き出した情報により質の悪い看守ではない日に限りだけれど、シリルは日替わりで誰かの抱き枕だった。
優しい看守だったからまだしも、あれがマテウスとかなら、誰か殺されていたよなとサシャが笑う。笑い事じゃないのだけれど、ユーリたちはよくそういうブラックジョークを言い合っている。
「明日は誰がゲストか聞かされていないし、起きれなかったら困るって」
面倒な相手だったらそれこそ困ると、ユーリ。エドがもう一度ユーリの頭を軽く撫でた。
「マテウスはユーリのせいじゃなくてもすべてユーリのせいにするからな。
もしも体調不良が嘘だったことがバレたらヤバい。本当に、しばらく大人しくしておこう」
情報収集のためにチョロい看守と寝るなよと釘を刺される。マテウスに目を付けられることよりも、もらえるおかしが減って腹減るじゃんと内心する。でももしもそれをきっかけに“なにか”が起きると面倒だなと思い、素直に頷いた。
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