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結局ユーリはその日だけ医務室に泊まって、翌朝にはC区に戻ることになった。次の日に来る診療医がSig.フィオーレだから、“もしも”があったらまずいと、看守たちが話している。ノッポさんはユーリが寝ていると思っているのか、溜息を吐きながらさらりと頭を撫でた。
「俺はよくここの内情を知らないんですけど、なんだってここの人たちはこんなにイル・セーラを痛めつけるんです?」
まだ子どもじゃないですかと、ノッポさん。
「マテウスの前でそれを言ったら、首を撥ねられるぞ」
聞き覚えのない、低い声だ。声に妙な威圧感を懐くものの、この人からもまたマテウスたちのような差別意識が伝わってこない。
ノッポさんはまったく遠慮などしない質だ。だから声の主が心配しているのだろう。誰からも敢えて聞かれないことを普通に聞いてくる。ユーリが初めてノッポさんと出会ったのは、マテウスに犯されて動けなくなっていたところを助けてもらったのだが、真顔で「そういうのは嫌じゃないのか?」と尋ねられた。「いつものことだよ」と答えたら、「そういうものなのか」と謎の納得をされた。
そのあとからちょいちょい暇を見つけては呼び出され、情報提供としておかしをもらえる。その情報というのは、ノッポさんが看守としていないときに地区内でなにか不審なことが起きなかったかとか、その程度だ。だからユーリ自身も話を持ち掛けた。「診療医や国医がいない日、そしてその次の日がマテウスとか威圧的な看守じゃない日を教えて」。ユーリが取引で新人とヤッているところを見つかった……というのは、ノッポさんのことだ。
「あの野郎に目を付けられると、看守でも普通に殺されるからな」
「サヴァンさんの目もマテウスさんにやられたんでしたっけね?」
やばいですよねと、ノッポさん。サヴァンと呼ばれた人が舌打ちをした。
「そういう噂になってんのか?」
「違うんです?」
「俺とあいつの勤務が被らない理由を教えてやろう。俺はあまりの横暴に苛立って、一度あいつを殺しかけた」
マジかと口の中で呟いた。ノッポさんが「傭兵怖え」とまったく怖いと感じていないような声色で軽口を叩く。
「居丈高な奴ほど根は弱い。弱い犬程よく吠えるって言うだろう。俺がA区の看守を買って出ているのは、死にかけのイル・セーラをあいつが嬲って殺すからだ。だからA区の看守は傭兵出身者が多い。
B区は女性たちの地区だから、ユリウスしか入れねえようにしてあるだろう。“間違い”があっちゃいけねえからな。もしここの収容所からノルマとイル・セーラのダブルなんて生まれてみろ、大騒動だぞ」
「え、なんでなんです?」
ノッポさんが言う。この人は本当に恐れを知らない。
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