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「ああ、これは痛いなあ。かわいそうに」
Sig.フィオーレが「喉の奥まで真っ赤だ」と明朗に笑う。口を閉じて、笑いごとじゃねえと唸るように言った。声がガラガラだ。咳をしたら喉の奥から血の味がする。
「安静にしておくしかないね。たぶん風邪をひいているところに刺激を与えられて、炎症を起こしたんだろう。前の人はなんだって?」
診療医と国医は、基本的に日勤者と夜勤者の勤務時間が一切被らないように調整されている。だからユリウスの見立てがなんだったのかとこちらに聞いてくるのだ。カルテを見ればいいのに、この人は一切見ない。みんなが変わり者だと揶揄している。実際にそうだと思うけれど、イル・セーラに対して驚くほど偏見がなく、そして誰に対しても優しい。
「炎症を起こしている、とだけ。寝てりゃ治るって言われた」
「薬の処方は?」
「なんか、ヘンな薬塗られたのと、ネスラの実となんかのシロップを混ぜたゼリーを食べさせられた」
ああ、とSig.フィオーレが言う。
「水分を摂るのもつらいかもしれないけれど、ちゃんとしっかり水分は摂るんだよ。おもしろい配合率を教えてあげようか」
「……取引を持ち掛けてくるつもりだな?」
「バレたか」
鋭いなあと言ってSig.フィオーレが笑う。ユーリはノッポさんが帰り際に置いてくれたヨーグルトの残りを少しずつ口に運びながら、横目でSig.フィオーレを見た。
「なにを知りたいの?」
「一昨日の夜に、A区の人が病死した件について」
ユーリはすいと視線を逸らして、ヨーグルトを口に含んだ。そのことはセシリオから聞いた。基本的にどの地区にいるイル・セーラたちも、自分のようにノルマ語をしゃべるわけではない。サシャに聞いても知らぬ存ぜぬを貫く。だからこうしてユーリに賄賂を持ってきて尋ねてくる相手が多い。
「知らない、A区の住人に聞けば?」
素っ気なく言った時だ。
『ここで聞いたことは他言しない』
フォルムラ語で言われ、ユーリは驚いてSig.フィオーレを見た。楽し気な笑みを深くして、Sig.フィオーレが軽くホールドアップして見せた。
『今回亡くなったのは元々が衰弱していた人だから、不自然ではないように思えるかもしれないが、あまりにも不自然でね』
『不自然?』
フォルムラ語で返す。Sig.フィオーレが『ありがとう』と小声で言って、目を伏せた。
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