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『彼には本人の希望で薬草から作った丸薬しか渡していない。それなのに、彼の遺体からは明らかに別の薬品のにおいがした』
『別の薬品って?』
『さあ。明るみに出ると困るから、早く穴を掘れと言っているんじゃないのかな?』
そう言われて、考えた。一昨日の夜――、なにをしていた? 頭の中に靄がかかったような感覚で、なにも思い出せない。
ユーリはため息交じりに首を横に振った。
「わかんない。夜はゲストに抱かれてたから、記憶があいまいで」
「そう、か。いいよ、わかった」
そう言って、Sig.フィオーレが自分のノートを開いた。
「濃度0.9%の塩水を作るには、500mlの水に対して何gの塩を入れるでしょう?」
さらさらとノルマ語で書き綴っていく。ユーリはそれを見ながら、えっとと頭の中で情報を整理した。この前、体積と質量の計算方法を教えてもらった。「はい」と手を挙げる。
「4,5g」
「正解。その塩水にクオーラの蜜をおおさじ一杯混ぜて飲むと、風邪薬にも栄養補給にもなる。試してごらん」
Sig.フィオーレはそういうが、試すための塩がない。水も塩も勝手に使っちゃダメなんだよと告げると、そうなのかと軽く肩を竦めた。
「じゃあこれを」
言って、Sig.フィオーレがユーリの目の前に銀製のカップを置いた。ごそごそと鞄を漁ってボトルを取り出すと、その中身をカップに注ぐ。
「少し沁みるかもしれないけど、あとでうがいをしておいで。数回うがいをしたら、残りは飲んでいい」
「……怒られない?」
「何故?」
「全部時間が決まってる」
その時間を逃したら、次の時間まで水が飲めないというと、どこか神妙な顔をするのが分かった。
「なるほどね。それはよくない。よくないが、また“なにか”があってはいけないから、俺は黙っておくよ。
きみもしばらくは大人しくしておくこと。いいね」
頷く。「いつも大人しくしてる」と軽口を叩いたら、Sig.フィオーレは笑いながら「引き続きいつもより大人しくしておくように」と言い換えた。
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