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「まあとにかく、労働は無理だ。貴方だったら利き足を骨折しているのに仕事に来るかい?」 「我らと奴隷を一緒にするな」 「話が通じないようだ、ノルマ語から勉強しなおしたらどうだい?」  レクチャーしてあげようかと、Sig.フィオーレが笑いながら言う。苛立ったような表情のままマテウスが空いた手で警棒を取り出した。なにをするのかと思っていると、マテウスが急にSig.フィオーレを解放して、ユーリの後ろから首に警棒を押し当てた。 「このガキを絞殺されたくなければ、非礼を詫びろ」  Sig.フィオーレの表情は変わらないが、目の奥がすうと冷たくなったように見えた。 「野蛮だなあ、知性のかけらもない。第一、そんな絞め方じゃ殺せないよ」  言うが早いか、Sig.フィオーレがユーリの首にかかっている警棒を掴み、あっという間にマテウスの後ろから喉元に警棒を食いこませる。少し足元が浮くほどの力だ。マテウスが藻掻く後ろから、Sig.フィオーレのいつもと変わりない穏やかな声色が聞こえる。 「貴方の横暴は前々から目に余ると思っていたんだ。躾の悪い動物は痛みを知らないからこそ噛み付くらしい。その理論から行けば、貴方にも相応の痛みを与えれば、大人しくなるのかなと思っているのだけれど、どうかな?」  マテウスが呻き、藻掻くけれど、まったく力を緩める気配がない。顔が真っ青だ。Sig.フィオーレはそのままマテウスを引きずるようにして医務室の入り口まで来ると、ドアを開け、ひょいと廊下に顔を出した。 「おーい、誰か、担架を持ってきてくれないか?」  Sig.フィオーレの声に反応するように、バタバタと足音が近付いてきた。マテウスの首を絞めていた警棒をするりと外し、マテウスのレッグホルスターに素早く直す。そのさまを、ユーリとシアンはただただぽかんとして眺めていた。 「どうされたのですか!?」 「さあ。時間外でも労働を強制していたみたいだから、過労じゃないかな?」  さらりと嘘を吐く。完全に意識のないマテウスが担架に乗せられるのを見ながらSig.フィオーレがそうだったとわざとらしい声を出した。 「意識を失う前に、おかしなことを言っていたんだよ。もしかするとなにかの薬物を摂取して錯乱している可能性があるから、郊外の衛生病院にしばらく入院させたほうがいいかもしれない。急に暴れ出してね、怖かったよ」  シアンと顔を見合わせる。 『なんて言ってるの?』 『マテウスの気が狂ってるから、衛生病院ってところに入れたほうがいいって。急に暴れ出して怖かったって言ってる』  そう通訳したら、シアンは泣きながら吹き出した。口元を押さえてくすくす笑っている。ただものじゃないと思ったけれど、強い。舌を噛むといけないからと猿ぐつわをかまされ、担架から落ちないようにぐるぐる巻きにされたマテウスが運ばれていくのを部屋の中から覗き見る。Sig.フィオーレはマテウスの部下に「頼んだよ」と告げると、踵を返して戻ってきた。満面の笑みだ。 「さ、これで脅威はいない。泊っていくかい? もしそうなら書類が必要なんだ」  シアンにその旨を伝えると、シアンはマテウスがいないのならと、ようやく泣き止んで、首を縦に振った。

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