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Dum spīrō spērō./ 息をするあいだ希望をもつ
Sig.フィオーレがマテウスを落としたことは、シアンとユーリふたりきりの秘密にした。きっと誰も信じてくれない。普段はあんなにのほほんとした人が、あんなに強いなんて想像もつかないからだ。ただちょっと……いや、だいぶすっきりした。
あの日はシアンが熱を出してはいけないからと、Sig.フィオーレの計らいで医務室に泊まった。やっぱり熱を出したし、あれから3日ほど経つけれどシアンはずっと調子が悪い。ついて行かなければいいのに、シリルに着いてひょこひょこと歩きながら仕事に向かってしまった。
穴を掘るのになんの意味があるのだろう。時々考える。遺体が腐るからという意味だけではなさそうだ。ユーリはゲストと接触が多いため、風邪が治るまで掃除を命じられている。掃除はあまり好きではない。窓の上まで手が届かないし、ひとりでこんな広範囲を掃除しろなんて、わりと拷問に近い。
いま監視についているのは、看守の中でも一番若く、無駄口をほぼ叩かない人だ。なにを考えているかわからないし、しゃべったことがない。手伝ってほしいとも言えず、窓の汚れを拭きとろうとぴょんぴょん飛んでいたら、不意に体が浮きあがった。
「わあっ!?」
驚いて振り返る。どうも抱き上げられたらしい。「早く拭け」と手厳しい口調で言われ、ユーリはなにも言わずに窓の汚れを拭き去った。
「上から順に、横に向けて拭いていくんだ」
きょとんとして彼を見下ろす。言葉が通じるわけがないと思っているのか、ユーリを抱えたまま雑巾を引き取って、窓枠の端から端までをまるでコの字型を描くように拭いていく。「へえ」と声を上げると、怪訝そうな顔をされた。
「拭き方すら聞いていないのか?」
そう尋ねられ、どうしようか迷う。本当はノルマ語を理解していると言ったほうがいいのか、聞き取れるけれど喋れないふりをするか、シアンたちと同じようにわからないふりをするか。とりあえず頷いたら、舌打ちが聞こえた。
看守はユーリを床に下ろすと、ユーリを残して医務室がある別棟へと行ってしまった。戻ってくるまで別の場所を掃除しておくかと、ほうきでゴミを壁際にかき集めることに専念した。
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