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 不意に肩を掴まれて、身体全体が跳ねるほど驚いた。呼吸がままならないだけではなく、視界が滲んでいる。自分が泣いているのだと気付いた。看守がぎょっとしているのが見える。  看守が手にしているのはあまり長さのないはしごだ。それを使って掃除をしろと言いたいのかと思い、涙を拭って立ち上がろうとする。苦い表情を崩さない。なにか追及される前にと動こうとするけれど、身体が動かない。やっぱり足が竦んでいる。それに気付いたのか、看守はため息交じりにユーリの腹の下に手を差し込んで荷物でも持つかのように片手で持ち上げた。 「奥には近づくなと言ったはずだ」  ぴしゃりと告げられる。ユーリは答えなかった。さっきまで掃除していた場所に連れて行かれ、壁にはしごを立てかける。そのまま床に下ろされて、顎をしゃくって合図をされた。さっさとしろと言いたいのだろう。足が震えている状態ではしごなんかに登れるわけがないけれど、ユーリはもう一度涙を拭って震える足でゆっくりと一段一段はしごを上った。  最後の窓の拭き掃除に差し掛かった時、看守に呼ばれた。不思議に思って視線をやる。看守は割と近くにいて、ユーリが落ちないように見張っているようだった。 「ひとつ聞くが、最近あの牢に誰かが入れられたか?」  ユーリは首を横に振った。いまは暗幕が張られ、中が見えないようになっているが、そんなことはないと思う。あそこの鍵を持っているのはマテウスやトサカだから、なにか企んではいそうだけれど。 「どうして?」  ユーリが問うたからか、看守が瞠目した。ただ、その表情をすぐに冷静なものにすり替えて、ユーリが看守たちがよく言う「ノルマ語を理解しているイル・セーラ」だと認識したようだ。 「数日前に、おまえと一緒に医務室にいたガキがいるだろう」  シアンのことだ。頷く。それがどうしたの? と問うよりも先に、看守が汚物でも見るかのように顔を顰め、舌打ちをした。

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