2 / 91
第2話
「さっき、塀の向こうにいたのは、誰?」
「……」
ノアリスが尋ねると、女官はそっと目を伏せた。
「近々、戦が起きるそうです」
「えっ──」
ノアリスは体をこわばらせ、怯えた瞳で女官を見る。
「ですので、本日は隣国──ルイゼン国の王が、同盟について話し合いにお越しなのです」
「同盟……。では、先ほどの、あの黒髪のお方が、王様……?」
「おそらく、そうでしょう。──王子様には、これから体力を温存していただかなくてはなりません」
冷たく、淡々とした声。
ノアリスは自分の細い腕を抱きしめた。
戦が起きれば、多くの負傷者が出る。
そして──求められるのは、自分の体が産み落とす「卵」。
だが、それは決して容易なものではない。
命を削るような痛みと消耗を伴うものだった。
「……い、戦は……なくならないの……?」
「私にはわかりません」
卵を産むということは、出産と同じ。
精を注がれたとしても、体調が悪ければ卵は作れない。
それなのに──数年前の戦では、薬を使われ、何度も犯され、無理やり産まされた。
ノアリスはそのときの記憶を思い出し、体を震わせる。
「……た、卵は、いやだ。産みたくない……っ」
「──それは、国家の危機を望まれるということですか?」
「ぁ……っ」
女官の言葉は、まるで刃のようだった。
──これは、お前の役目だ。
──国のために、耐えるのが当然だ。
何度、そう囁かれてきただろう。
ノアリスは唇をぎゅっと噛みしめた。
白金の髪が肩を滑り、小さな震えが背中を伝ってゆく。
「……でも、私は……人間、なのに……っ」
掠れた声が、春風に紛れて消える。
けれど、女官の表情は変わらなかった。
この塔からは、逃げられない。
──それは、数年前から知っていたことだった。
ノアリスは、静かに──しかし確かに、涙をこぼした。
ともだちにシェアしよう!

