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第2話

「さっき、塀の向こうにいたのは、誰?」 「……」  ノアリスが尋ねると、女官はそっと目を伏せた。 「近々、戦が起きるそうです」 「えっ──」    ノアリスは体をこわばらせ、怯えた瞳で女官を見る。 「ですので、本日は隣国──ルイゼン国の王が、同盟について話し合いにお越しなのです」 「同盟……。では、先ほどの、あの黒髪のお方が、王様……?」 「おそらく、そうでしょう。──王子様には、これから体力を温存していただかなくてはなりません」  冷たく、淡々とした声。  ノアリスは自分の細い腕を抱きしめた。  戦が起きれば、多くの負傷者が出る。  そして──求められるのは、自分の体が産み落とす「卵」。  だが、それは決して容易なものではない。  命を削るような痛みと消耗を伴うものだった。 「……い、戦は……なくならないの……?」 「私にはわかりません」  卵を産むということは、出産と同じ。  精を注がれたとしても、体調が悪ければ卵は作れない。  それなのに──数年前の戦では、薬を使われ、何度も犯され、無理やり産まされた。  ノアリスはそのときの記憶を思い出し、体を震わせる。 「……た、卵は、いやだ。産みたくない……っ」 「──それは、国家の危機を望まれるということですか?」 「ぁ……っ」  女官の言葉は、まるで刃のようだった。  ──これは、お前の役目だ。  ──国のために、耐えるのが当然だ。  何度、そう囁かれてきただろう。  ノアリスは唇をぎゅっと噛みしめた。  白金の髪が肩を滑り、小さな震えが背中を伝ってゆく。 「……でも、私は……人間、なのに……っ」  掠れた声が、春風に紛れて消える。  けれど、女官の表情は変わらなかった。  この塔からは、逃げられない。  ──それは、数年前から知っていたことだった。  ノアリスは、静かに──しかし確かに、涙をこぼした。  

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