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第3話

◇  ルイゼン国の王──カイゼルは、目的地である隣国フェルカリアに向かう馬車の中で、側近のイリエントから国情について詳しく説明を受けていた。 「フェルカリアは、古い宗教と医療体系で知られています。特に医療に関しては、右に出る国はありません」 「それは我が国にとって、最も欲しいものだ。──兵士や、疫病で苦しむ民が、救われるかもしれん」  イリエントは頷き、声を潜める。 「ええ。……聞くところによれば、どんな病も怪我も癒す万能薬が存在するのだとか」  カイゼルはふっと鼻を鳴らした。 「そんなものが実在するなら、まるで御伽噺だな」 「ですが、先の戦でも負傷者がほとんど出なかったようです」 「……その万能薬のおかげというわけか?」 「私はそう見ています。──噂では、それは特別な卵だと」  カイゼルの眉が動く。 「卵、だと?」  しかしイリエントは、それ以上の情報は得られていないと首を振る。 「箝口令が敷かれているようです。卵という情報すら、先に忍ばせていた者が密かに掴んだものです」 「なるほど」  ──いつの間にそんな手を打ったのか。  カイゼルはイリエントの手腕に舌を巻きつつ、口には出さない。  褒めればすぐ調子に乗る、わかりやすい男だ。 「まもなく到着します。フェルカリアの王には、二人のご子息が。皇太子ルーヴェン殿下と、王子ノアリス殿下です」 「そうか」 「皇太子の方は、次期国王として政務にも積極的だとか。王子については、情報がほとんどありません。ご年齢が十八くらいということしか……」 「……何か、訳アリか」 「そこまでは……」    そうしてフェルカリアに到着し、城下を通りながら歓迎を受ける。  城の門をくぐり、馬車から降りたカイゼルは、ふと塀の向こうに目をやった。 「──あの人は?」 「はい?」  揺れる金色の髪。  哀しみの色に染まる、伏せられたスカイブルーの瞳。  気になったその姿に、視線を留めた瞬間── 「ようこそおいで下さいました」  声がかかり、カイゼルは前を向いた。 「私はフェルカリアの宰相、サハルと申します。フェルカリアは、ルイゼン国王カイゼル陛下のご訪問を歓迎いたします」 「……ああ。よろしく頼む」  定型の挨拶を交わした後、もう一度視線を戻したが、あの人物の姿はもうどこにもなかった。 「陛下?」 「……あそこに、人がいた」 「人……? 誰もおりませぬが」 「……」  確かに、いた。  今にも消えてしまいそうだった、その金の影が。  カイゼルの胸に、不思議な余韻を残したまま、謁見の間へと導かれていった。

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