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第10話

 兄に見下ろされ、ノアリスは震えながら、立つこともできずにいた。 「──隣国、ルイゼンの王が、来ている」 「っ、は、はい。聞きました」 「……卵の存在を知られている」 「っ!」  ガッと頬を掴まれ、無理矢理顔を上げさせられる。  ノアリスは顔色を真っ青にして、兄──ルーヴェンと目を合わせた。 「卵は、誰の手にも渡してはならぬ」 「……」 「──だが、同盟を結ぶ条件として、他に方法がないか、考えなければならない。どうしたものか……」  頬から手が離れたと思った次の瞬間、兄がすぐ隣に腰を下ろす。その気配に、ノアリスの震えは一層強くなった。  何をされるか分からない恐怖が、体を襲う。 「何がいいと思う、ノアリス」 「ぁ……わ、わたし、は……」  俯いたまま、何も言えない。  兄という存在に、ここまで怯える未来がくるとは思わなかった。    次第にノアリスの回答には興味が失せたのか、ルーヴェンは塔を出ていく。  兄が何をしにここにやってきたのかはわからず、彼が居なくなるとノアリスは大きく溜息を吐いた。  ──隣国の、王様  昨日見た、彼の人のこと。    長身で、堂々とした姿は逞しくて、誰よりも王らしかった。  あの、切れ長で美しい目を、もう一度近くで見たいと思う。  何もかもを包み込むような、漆黒の髪はどれほど柔らかいのだろうか。 「……助けてなんて、くれるわけ、ないよね」  きっと、父も兄も、城にいる皆も、自分の存在を隠しているはず。  卵の存在を知ってはいても、あれがどうできているのかは知らない。  つまり、ここでノアリスが生きていることを、彼らは知らないのだ。  変な期待は抱かない方がいい。  そんなことはわかっているが、どこかもう少し明るい未来があってもいいのではないかと、思ってしまうのだ。  ルイゼンという国は、どのような国なのだろうか。  そこは、緑が豊かなのか、海が広がっているよか。  想像をするのは唯一現実から逃げる手段で楽しい。 「──王子様、お食事の時間です」  逃げ込んだ幻想を引き裂くように、現実がノアリスを引き戻す。  あまりにも残酷な、地獄のような現実へ。

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