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第18話

 カイゼルは、拳を握りしめる。  今すぐにでも剣を抜いて、この塔を破壊してしまいたかった。  けれど、それでは彼を連れて帰ることはできない。 「……ノアリス王子。貴殿の苦しみを、俺は知らなかった」 「……」 「知った今、俺はもう、見て見ぬふりなどできない。貴殿を助ける。そのために、何を犠牲にしても、構わないとすら思っている」  ノアリスが顔を上げる。その目には、まだ不信が宿っていた。 「……そんな、言葉だけなら……誰だって、言えるのです……」 「言葉だけではない。──行動で示そう」 「……?」 「……ひと月だけ、耐えてくれ。我が国に戻る時に、かならず貴殿を共に連れ帰る」 「っ、」  カイゼルは苛立ちと罪悪感で僅かに震える手を、そっとノアリスの頭に乗せる。  ぴくりと小さく震える体を、安心させるようポン、ポン、と叩くと、それ以上は何もせずに立ち上がった。 「約束しよう。必ずだ」  護衛から「そろそろ」と声がかかる。  カイゼルは柔らかく微笑み、ノアリスの頬に流れる涙をそっと拭った。 「俺がここに来たことは、どうか内密に」  そうして扉の方に足を向け、塔を後にした。  客間に戻ったカイゼルは、優雅に紅茶を飲んで待っていたイリエントを睨みつけ、ドサッと椅子に腰かける。 「──それで、王子はいかがでした?」 「ああ。──最悪だ。王子が卵の正体であるとは睨んでいたが、まさか……産まされているとは、知らなかった」 「産……っ!?」 「それも、かなり酷い。俺は──初めに卵を欲したことを恥ずかしく思う」  カイゼルは額に手を付き、深く息を吐いた。  この王がここまで落ち込んだ姿を見るのは初めてだ。  イリエントは、それがどれほどの物なのかは想像がつかなかったが、決して許されるようなことでは無いと理解した。 「──どうするおつもりですか」 「……少しだけ、耐えてくれと、伝えた」 「では……」  力の宿る目で、カイゼルはイリエントを見つめる。 「連れ帰る。必ずだ」  カイゼルは約束を違えることはしない。  イリエントはそれを知っている。  であるからこそ、彼は本気なのだとわかった。 「わかりました。──では、早速、策を練りましょう」 「ああ」  躊躇いのない、力強い王の声は、側近の心をも奮い立たせた。

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