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第24話

 意識を戻したノアリスは、静かに泣いた。  声を出すこともなく、下手くそに。  下半身が痛むが、それは最早どうでもいい。  それよりも……また、卵を産まなければならなくなった。  精を掻き出したいが、おそらくもう手遅れだ。 「……っふ、ぅ……」  十日と、兄は言っていた。  十日後、ノアリスはこの国から出てルイゼンの元に渡る。    しかし、そのうち取り戻すつもりらしい。  どうやって取り戻すと言うのだろうか。  そしてその時、ルイゼンの皆は自身を守ってくれるのだろうか。  不安と恐怖が心を襲う。  外に出て、幸せを感じるのは怖い。  フェルカリアに戻った時に、地獄に落とされるような感覚に絶望したくない。  だけれど、その選択をする権利が、ノアリスには無い。  自身のことなのに、全てがフェルカリアの──兄の、父の、言いなりだった。  ◇  翌朝、部屋にやってきたのは、医師と数人の侍従だった。  ノアリスは既に起きていたが、ベッドの上で毛布にくるまっていたまま、反応を示さない。 「失礼します。陛下より、処置の許可を得ております」  淡々とした声だった。冷たい石のような声。  ノアリスはまるで自分が部屋の家具か何かであるかのように、扱われることにもう驚きはしなかった。  侍従たちが布を剥いで、寝巻の帯を解く。  ノアリスの体は無抵抗だったが、心だけはそこにいなかった。  ──これは、私のことではない……私じゃない  目線を天井に固定しながら、意識だけをどこか遠くに飛ばそうとする。  腹部を温めるための薬湯が塗られていく。  そこにあるのは皮膚の感覚だけで、自分の意思も、感情も、もう介入する余地はなかった。 「既に下腹部の張りが出てきている。今回も順調に産卵ができるよう薬を使用します」  医師が無表情のまま告げる。  注射器が二本用意され、ノアリスの腕と、下腹部に打たれた。 「痛みが出るかもしれませんが、それは正常な反応ですので」  医師の視線はノアリスを見ていなかった。  まるで実験対象にでも話しかけているような、遠い声音。  ノアリスの唇が、微かに震える。  やがて処置が終わり、布団をかけ直される。  侍従たちは静かに引き下がり、扉が閉まる。  部屋に再び静寂が戻ると、ノアリスはゆっくりと、濁った目で天井を見つめた。  その胸の奥にあったのは、痛みではなく――空洞だった。

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