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第25話
◇
「このところ、王子のもとに皇太子や医者が出入りしているようです」
「何……?」
ノアリスがルイゼンに来ることが決まってから四日目のこと。
イリエントの言葉に、カイゼルは眉を顰める。
「制限を掛けているのではなかったか」
「ええ。ですが、皇太子と医者です。体調が悪くなったと言われれば、それまで。そもそも我々は王子の居場所も知らないことになっています」
「チッ……」
夜、皆が寝静まった頃に侵入するか……?
何が行われているのかは分からない。しかし、いい予感はしない。
早くここを連れ出してやりたかったのだが、王子の準備をと言われてしまった手前、皇太子の提示した日時を飲み込むしか無かった。
「今夜、忍び込めるか?」
「そうおっしゃると思い、見張り番のことも全て調べあげております」
「……場合によっては、日時を早め、なるべく早く連れ帰るぞ」
「わかりました」
カイゼルはあの儚いノアリスを思い浮かべた。
二度目に塔で会ってから、何度か忍び込ませたものを使いノアリスに手紙を送っていた。
少しでも希望を繋げるように、共に行きたいと思ってもらえるように。
しかし、これがバレてはいけないので、受け渡しが決まってからは大胆な行動も取れないでいた。
おそらく、ノアリスの元に皇太子が現れるだろうと踏んでいたのだが、何が行われているのかまでは把握できていない。
夜になり、草木も寝静まった頃。
前回と同じ手筈でカイゼルは塔に忍び込んだ。
そして、扉を開け、絶句する。
そこには青白い顔でベッドに眠るノアリスがいたのだが、腹が僅かに膨らんでいた。
そっと駆け寄り、名前を呼べば、彼は薄らと目を開けた。
「っ、か、カイゼル、陛下……」
名前を覚えていてくれたらしい。
カイゼルはほんのり微笑み頷いたのだが、じっと腹に視線をやる。
「それ、は……」
「……」
「まさか、また……」
「……ルイゼン国に、受け渡しが決まったと、聞きました。それまでに、産め、と……」
カイゼルは身体中の血が沸騰するのを感じた。
何もかもを壊したい破壊衝動が湧き上がり、しかしそれは手を強く握ることで鎮めていく。
「っ、す、まない……」
「いえ。……いつもの事です」
そう言ってたノアリスが悲しかった。
カイゼルは手を伸ばし、そっと小さな体を抱きしめる。
「そのような顔を、させたくなかった……っ」
「っ、」
カイゼルの背に、細い腕が回る。
震える体はあまりにも脆かった。
◇
部屋に戻ったカイゼルは項垂れていた。
そのような王の姿を見た事のないイリエントは、何かがあったのだと察し、声をかけることをしない。
「──日を早めたいが、無理だ」
「え……?」
「卵を、作らされていた。あれが産まれるまでは、危険だ」
「っ……!」
十日間はこの為だったか。
イリエントはギリと奥歯を噛み締め、そして深く息を吐く。
「生まれる予定は」
「……今の様子だと、あと三日もあればと言っていた」
「王子の様子は」
「ああ。あまりにも、俯瞰でいる。あれは、きっと……心の防衛本能だ。そうしていなければ、壊れてしまう」
あまりにも惨い仕打ちだ。
彼は何もしていない。全てにおいてただの被害者だというのに。
「連れ帰ったら、傷を癒していかねばならん。すべて、自由にさせる。しかし──自害することだけは、必ず阻止せねばならない。それから、二度とこの地へ戻って来なくて良いように、フェルカリアから守らねば」
「……ええ。そういたしましょう。必ず」
おそらく、三日後。
塔ではノアリスの悲鳴があがっているのだろう。
考えるだけでも苦しくなる、しかし本当に苦しくて辛いのはノアリスだ。
これほどまでに無力を感じるのは、生まれて初めてだった。
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