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第26話 ※

◇  ──三日後。  薄暗い部屋の中、ノアリスは浅く息をしていた。  胃の底からせり上がってくるような鈍い痛みと、腰を砕かれるような圧迫感。  何も食べられていなかったが、吐き気だけは絶えず襲ってきていた。 「そろそろです。間隔が整ってきています」  白衣の医師が冷静に言うと、傍らの助手が器具の準備を始めた。  ノアリスは天井を見上げたまま、指一本動かさない。  いや、動かせなかった。──恐怖で、自分の身体が、まるで他人のもののようだった。 「麻酔は?」 「打ちません。排出反応が鈍るので」  その声を聞いても、怒りも悲しみも浮かばなかった。  ただ、静かに受け入れていく自分がいた。 「子宮開口、始まっています。──抑えてください」 「はい。王子、力を抜いて」  看護人の手が、ノアリスの手足を押さえた。  薄く膨らんだ腹部が、波打つように痙攣する。  ぬるり、と体内の奥から異物感が這い上がる。  頭の奥がガンガンと痛む。息が詰まる。  ──いやだ。いやだいやだいやだ……!  叫びたかった。でも、喉が震えるだけで声にならなかった。 「収縮、強まっています」 「──見えてきた。もう少し」  身体の奥が裂けるような痛みが走った。  ノアリスは思わず背を浮かせるが、無情にもそれは押さえつけられ、寝台に縫い付けられる。 「っ、──、あ゛ぁぁぁ、あ……っ!」  濁った悲鳴が、空気を震わせた。  腹を押し込まれるようにして、硬いものが体外へと押し出される。 「──出ました。卵、確認。形状、問題なし」  医師の声が響く。  視界の端で、銀の器にそれが置かれるのが見えた。  ぬるりと濡れた球体。白く、不気味に静かな殻。 「損傷は少なめ。出血、軽度。回復には数日かと」  布が身体にかけられる。  処置の手は冷静で、無機質で、容赦がない。  それを、ノアリスはただぼうっと見ていた。  自分の身体のどこで、何が起きていたのかが、もう、分からなかった。  意識が遠のく瞬間、ノアリスは小さく「疲れた」とつぶやいた。

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