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第27話
◇
ノアリスの受け渡しの日。
カイゼルはいつも以上に無表情のまま、皇太子の前にいた。
彼はどこか機嫌が良く見える。
「王子と面会の約束を、守らなかったな」
「王子が体調を崩しましたので、仕方なく。ご容赦ください」
堂々と、嘘をつきやがって。
カイゼルは苛立ちを隠すことをしない。
代わりにイリエントが柔らかい笑顔を見せた。
「それで、王子は?」
「はい。間もなく来ます」
そうしてしばらくすると、車椅子に乗せられた状態のノアリスが現れた。
腹の膨らみは無くなり、そして──表情も失っている。
「っ……、王子は、かなり憔悴しているように見えるが」
「ええ。ですから、体調を崩しておりましたので」
目の前まで押し出されたノアリスの前に、カイゼルはそっと膝を折り目線を合わせた。
「ノアリス、私が見えるか?」
「……カイゼル、陛下」
「そなたを、我が国に連れて行く。そなたの安全は保証する。安心してくれ」
「……はい」
力のない返事に心が痛む。
少し前までは、まだ、気力があったように思えたのに。
「──我らフェルカリアとルイゼン国とは固い絆で結ばれる。お互い、手を取り合って、歩んでいきましょう」
「……ああ」
低い返事だった。
心のこもっていないそれ。
目線は相変わらずノアリスだけに向いている。
ノアリスの瞳には何も写っていなかった。
◇
これ以上、フェルカリアに留まっておく必要も無い。
カイゼルはすぐにイリエントへ国に帰ることを伝えた。
イリエントはカイゼルがそう言い出すことも、およそノアリスの体調は万全でないこともわかっていたので、大きな馬車を手配し、中には柔らかいベッドが置いてある仕様に作り替えた。
それもたった三日の出来事である。
カイゼルはフェルカリアの王と皇太子に形だけの礼を述べると、ノアリスの乗る車椅子を押して馬車の近くに移動する。
「ノアリス、運ぶぞ」
「……はい」
そして車椅子からそっと抱き上げ、馬車に乗り込んだ。
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