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第31話

 ルイゼンに着く頃。  ノアリスは相変わらず体が痛むのを感じていたが、カイゼルとイリエントの介護があって、塔にいた時より随分と過ごしやすいことに有難みを感じていた。  体を起こすことも、食事をするのも、用を足しに行く時も、全てに手を貸してくれる。  頼りないと思われているのかもしれないが、それは事実であるからと甘んじて受け入れる。  座ることができるようになり、ベッドに腰掛けていると、ふと、窓の外を見ていたカイゼルが立ち上がった。 「もうそろそろ着くから、降りる準備をしよう」 「まだお顔を見られるのはあまり良くないので、少し窮屈な思いをさせますが……こちらを被っていただきたいのです」  イリエントが差し出したのは、ヴェールだった。  視界が全て無くなる訳では無いし、それを被るくらい全く問題ないのだが、彼らはいつもノアリスに心を配ってくれる。 「はい。大丈夫です」 「ありがとうございます。馬車から降りる時は陛下が王子を抱えます。王子は特段何かをする必要はありません。そのまま、お過ごしいただくお部屋に案内しますので、ご安心を」  イリエントの説明に、ノアリスは頷いた。  ハラハラと金色の髪が肩から滑る。  カイゼルはその髪に一束触れると、そのまま、優しく小さな頭を撫でた。 「ここまでよく堪えてくれた。城に入れば窮屈な思いをしなくていい様に、色々揃える。必要なものがあれば遠慮なく言うように」 「……ぁ、ありがとう、ございます」  頭を撫でられることは、この馬車に乗ってから何度かあった。  その度に、胸の奥の方がほわっとして、むず痒く感じる。 「俺が部屋まで運ばせてもらうが、今、どこか痛むところはあるか? 極力体に響かないようにはするつもりなんだが……」 「ぁ、い、いえ。特に、痛みは」 「痛みは無い? 違和感は?」 「……それは、ございますが、でも問題ありません。いつものことです」  ノアリスはそう言って頷いた。  産卵のあとは、しばらくずっと続く違和感。  これはなかなか消えてはくれないが、何度も経験しているので我慢できないほどではない。 「……わかった。しかし、何かあれば直ぐに教えてくれ」 「はい」  カイゼルはぐっと手を握り、湧き上がる怒りを鎮めていく。  イリエントはそんなカイゼルの様子を横目で見ると、ふんわり微笑んでノアリスを見つめた。 「いつものことであっても、我々には我慢せず、お伝えくださいね」 「……」 「できる限り、王子様のお身体に負担をかけたくありません。誰も貴方様を叱ったりなどしませんから、感じたままを教えてください」 「……感じた、まま」 「はい。貴方様のお心を尊重します」  そんな言葉を掛けられたのは初めてで、ノアリスは思わず目を瞬いた。 「……なぜ、そんなにも、お優しいのですか」 「……」 「私のようなものに、貴方様方が心を配る理由が、私には、分かりません……。私は、何を返すことも、できないのです。……卵は、産めます、が……」  しりすぼみになっていく声。  俯いて、床を見つめる。  卵は産める。そうして恩を返せるとしても、もう、産みたくはない。

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