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第32話

「卵は必要ない。言っただろ。俺はそなたが笑顔を見せてくれるだけでいいと」 「っ……」 「いつか『自分こそが愛されるべきだ』と思えるくらいになってくれたらいいな。そして、そなたはそれに値する」 「そ、んな」  ノアリスは何故か手が震えるのを感じ、きゅっと両手を握りしめる。 「俺の言葉は何よりも正しい。──そうだろう、イリエント」 「ええ。まあ、たまにお門違いなことをおっしゃる時もありますが」 「……」 「ですが、陛下の言うことは信じてもよろしいかと」  イリエントをぎろっと睨んだカイゼルは、しかし穏やかな目でノアリスを見下ろした。 「不安に思うことは沢山あるだろう。何を選んでいいのか分からなくて、困惑することも。そんな時は、俺に聞けばいい。イリエントでもいいが──こいつは理屈っぽいからな。聞いてると眠くなる」 「眠くなるですって? これまでそんなふうに思っていたんですか? 信じられませんこの王は。ノアリス王子、やはり信じなくて結構ですよ!」 「……ふふ」 「!」  小さな笑い声が聞こえて、カイゼルとイリエントは静かに目を見張った。  ノアリスの口元が極わずかだが上がっている。  二人はそれに驚きつつも、嬉しくなって、カイゼルは再びノアリスの頭を撫で、イリエントは穏やかに微笑んでいた。    馬車の歩みが止まり、カイゼルはヴェールを被ったノアリスをそっと抱き上げた。 「辛くないか?」 「はい」  肩に触れる手から、緊張か不安か震えているのが伝わってくる。 「顔を上げておく必要も無い。誰にも見られたくないのなら、俺の肩口に顔を隠してもいいからな」 「……それでは、印象があまり、良くないのでは……?」 「ん?」 「……まるで、私を攫って連れてきたかのように、思われるの、ではと、思いました……」 「どう思われようが、構わん。俺が今一番優先したいのは、ノアリス、そなただ。それに、心配せずとも俺は意外と国民からの信頼は厚い」  心配するノアリスに、カイゼルは半分ふざけながら、そして半分真面目に答える。  とにかく、安心させてやりたい一心なのだ。 「……差し出がましいことを、申しました。申し訳、ございません」 「謝るな。それに、そなたの意見が差し出がましいなどと思うはずがない。むしろ、気遣い感謝する」  馬車の扉が開く。  カイゼルはふっと微笑むと、躊躇うことなく眩しい光の方へ足を進めた。

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