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第35話

 呼吸が整うと、カイゼルは腕を離し、ノアリスの頭をそっと撫でた。 「落ち着いたか?」 「……はい。すみません」 「いいんだ」  顔を上げたノアリスは、零れた唾液を袖で拭う。  そして、カイゼルを見つめた。 「ご迷惑を、おかけしました……」 「迷惑だなんて思っていない。……この部屋は落ち着かないか?」 「ぁ、いえ、そうでは、なくて」 「無理をしなくていい。初めて来た国で、心細いのもあるのだろう。離れて悪かった」  カイゼルは何一つ悪くないのに、反対に謝られてしまい、胸がキュッとする。 「……ノアリス、犬は好きか?」 「い、犬、ですか?」  しかし、それも突然問いかけられたことで無くなり、今度は驚くことになった。  どうして、犬なのだろうか。 「城で飼っている犬がいる。穏やかな子だ。噛むこともない。よければ、俺が一緒にいられない時は、その子を連れてきても良いか?」 「……私は、犬の扱いは、よく、わかりません……」  見たことはある。  しかし、触れたことはない。  ましてや世話だって。  ──でも。 「嫌なら、やめておこう」 「ぁ……」 「ん?」 「……」  ノアリスは少し悩んでから、俯いて両手を揉んだ。 「い、嫌では、なくて、」 「ああ」 「……触れ合い方を、教えて、くださいますか……?」  ふわふわな生き物に触れてみたい。  それに、きっと、動物は純粋で、悪意は無い。  カイゼルにお願いするのは緊張して、未だに目も合わせられない。 「もちろん。そなたの望むものは、全て与えよう」 「っ……」  柔らかい声。つられるように顔を上げれば、彼は口角を上げて、細めた目でこちらを見つめていた。  カイゼルは外にいた従者に声を掛けに行き、それから少しすると大きな犬がやって来た。  犬は、ノアリスの前で尻尾をブンブン振りながら、大人しく床に座っている。 「名前はロルフ。雄だ」 「ろるふ」 「そっと撫でてやってくれるか?」  ノアリスはひとつ頷くと、おずおずと手を伸ばし、ロルフに触れる。  クリーム色の長い毛は、とても柔らかくて気持ちいい。  ヨシヨシと撫でていると、突然ロルフが立ち上がり「わふ!」と言ってノアリス飛びついた。 「わっ! っふ、はは……」 「!」  太陽の下にいたのか、いい香りがする。  ロルフはペロペロとノアリスの頬を舐め、その擽ったさについ笑みが零れていた。      

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