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第38話
真剣な眼差しで見つめてくるカイゼルを見ながら、ノアリスはラオンを抱きしめていた。
ロルフは毛並みを整えていると、政務を終えたのか部屋にやってきたカイゼル。どこか神妙な面持ちをしていて、何となく嫌な予感がしたのだが、それが的中した。
「今日は湯浴みをしてみないか」
「!」
湯浴みと言えば、七日間に一度、女官が組んできたお湯で体を拭われるあの行為が頭に浮かぶ。
昔はそんなことはなかったのに、卵に影響があっては困るからか、湯浴みの際は体の隅々までを調べられた。
変なものを貰っていないか、体に不調はないかと、頭の先から、爪先まで。
あの嫌な視線が苦手で、どうしてもカイゼルの言葉に頷けない。
「湯浴みは、気持ちがいいぞ。俺は好きなんだ。ぬるい湯に浸かれば、疲れも取れる。サッパリとして、心もスッキリする時がある」
「……」
「嫌か?」
「……み、」
「?」
「見られ、たく、ありません」
振り絞った声で言えば、カイゼルは「そうだよな」と頷いてくれた。
「しかし、だ。今のそなたの状態で、一人で湯浴みはさせられない。まだ全快ではない。たとえばふらついて転けたりでもしたら、大怪我をするかもしれない」
「っ……」
確かに、その通りだった。
絶対に転けたりしないなどという自信は、今のノアリスには無い。
「……衣を着たまま、湯に浸かるのはどうだろうか」
次に提案されたことに、ノアリスは肩を跳ねさせる。
「……そ、そんなこと、許されるの、ですか……?」
「許すも何も、俺が提案しているのだから何も気にしなくていい」
「……」
「湯に浸かって、ノアリスが休んでいる間に、俺が髪を洗ってやろう」
「!?」
「体は触られたく無いだろうから、自分でできるか?」
そんな優しい提案に、ノアリスは喉を鳴らした。
鼻の奥がツンとして、目に涙が浮かんでくる。
「ああ、どうした。そんなにも嫌だったか。すまない。無理強いをするつもりはない」
「ち、がい、ます……」
「……?」
「カイゼル様が、あまりにも、お優しいので……」
乾いた土に雨が降り、水が染み込んでいくように、ノアリスの心にも優しさの雨が降り、潤いが届けられる。
この感覚をなんという言葉で表せばいいのかわからず、ほろりと溢れた涙にカイゼルが目を見張った。
「やって、みます」
「! そうか」
「お手数を、おかけ、しますが」
「そのような事、気にしなくていい」
穏やかな彼の言葉は、少しずつノアリスに光を届けてくれている。
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