38 / 91

第38話

 真剣な眼差しで見つめてくるカイゼルを見ながら、ノアリスはラオンを抱きしめていた。  ロルフは毛並みを整えていると、政務を終えたのか部屋にやってきたカイゼル。どこか神妙な面持ちをしていて、何となく嫌な予感がしたのだが、それが的中した。 「今日は湯浴みをしてみないか」 「!」  湯浴みと言えば、七日間に一度、女官が組んできたお湯で体を拭われるあの行為が頭に浮かぶ。  昔はそんなことはなかったのに、卵に影響があっては困るからか、湯浴みの際は体の隅々までを調べられた。  変なものを貰っていないか、体に不調はないかと、頭の先から、爪先まで。  あの嫌な視線が苦手で、どうしてもカイゼルの言葉に頷けない。 「湯浴みは、気持ちがいいぞ。俺は好きなんだ。ぬるい湯に浸かれば、疲れも取れる。サッパリとして、心もスッキリする時がある」 「……」 「嫌か?」 「……み、」 「?」 「見られ、たく、ありません」  振り絞った声で言えば、カイゼルは「そうだよな」と頷いてくれた。 「しかし、だ。今のそなたの状態で、一人で湯浴みはさせられない。まだ全快ではない。たとえばふらついて転けたりでもしたら、大怪我をするかもしれない」 「っ……」  確かに、その通りだった。  絶対に転けたりしないなどという自信は、今のノアリスには無い。 「……衣を着たまま、湯に浸かるのはどうだろうか」  次に提案されたことに、ノアリスは肩を跳ねさせる。 「……そ、そんなこと、許されるの、ですか……?」 「許すも何も、俺が提案しているのだから何も気にしなくていい」 「……」 「湯に浸かって、ノアリスが休んでいる間に、俺が髪を洗ってやろう」 「!?」 「体は触られたく無いだろうから、自分でできるか?」  そんな優しい提案に、ノアリスは喉を鳴らした。  鼻の奥がツンとして、目に涙が浮かんでくる。 「ああ、どうした。そんなにも嫌だったか。すまない。無理強いをするつもりはない」 「ち、がい、ます……」 「……?」 「カイゼル様が、あまりにも、お優しいので……」  乾いた土に雨が降り、水が染み込んでいくように、ノアリスの心にも優しさの雨が降り、潤いが届けられる。  この感覚をなんという言葉で表せばいいのかわからず、ほろりと溢れた涙にカイゼルが目を見張った。 「やって、みます」 「! そうか」 「お手数を、おかけ、しますが」 「そのような事、気にしなくていい」  穏やかな彼の言葉は、少しずつノアリスに光を届けてくれている。

ともだちにシェアしよう!