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第39話

 機嫌よく戻ってきたカイゼルを見たイリエントは、一先ずホッと息を吐いた。  どうやら、上手くいったらしい。 「湯浴みをすると言ってくれた」 「それは良かったです。医者は?」 「……まだ伝えてない。まずは、湯浴みからでいいかと思って」 「まあ、そうですね。順を追って、ひとつずつゆっくりと進めていく方がよろしいでしょう」  読んでいた書冊から顔を上げる。 「ところで陛下」 「なんだ」 「……本当に王子とご結婚されるおつもりで?」 「唐突だな」  カイゼルは呆れた様子でイリエントを見るが、彼は至って真剣だった。 「陛下はご自身のご年齢を記憶しておいでですか」 「当たり前だろうが」 「では、いくつだと?」 「三、十……?」  カイゼルは軽く首を傾げ、悩みながら答えた。  すると、イリエントは顔を変にゆがめる。 「三十二です。ああもう、これだから自分に頓着のない人は……」 「……いつも思うが、お前はよく俺にそんな口をきけるな」 「そうでないとやっていられない時があります。まさに今です」 「……」  立ち上がったイリエントは、カイゼルに近づき「いいですか?」と真剣な眼差しで見つめた。 「貴方様は国王陛下です。そして、今、この国に貴方様の後を継ぐ王子はいますか? いいえ、いません。これが、どれだけ重大なことか、お分かりで?」 「……」  カイゼルは思わず、視線を逸らす。 「妾妃様はいらっしゃいますが、いつも時間を持て余している。王子も姫も、一人もおりません。これは、王としての責務を放棄されているのと同意では?」 「……」 「世継ぎを残す、その努力をしてください」 「……だが、妾妃にはときめかん」 「そのような物差しで話してはおりません」  イリエントの叱責は、正しかった。  王は、次の王を残す努力をしなければならない。  そして、カイゼルには姉と妹がいたのだが、彼女らは他国の王に嫁いでおり、この国には実質世継ぎがいない。 「ノアリス王子に夢中になるのは結構。あのお方の御心を癒すのも、貴方様の仕事です。妻として、わが国に連れ帰ったのですから。──しかしながら、ノアリス王子は、男。子は宿せません」 「……」 「必要あらば、国一番の美女を城に迎えましょう」 「……」 「……黙っておられては分かりませんので、私は必要な事だと判断し、迎えることとします」  イリエントは優秀だ。  なので、数日すれば、本当に美女を連れてくるのだろう。  しかし、カイゼルの中で最も優先するべき事項はそれでは無かった。  何よりも、ノアリスの事を想いたいのだ。

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