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第41話

 夜になり、いよいよ湯あみの時間が訪れ、ノアリスは緊張していた。  カイゼルの配慮で、衣の下には薄い紺色の肌衣を着ているが、やはりどこか落ち着かない。  部屋で待っていてくれとカイゼルに言われたので、ロルフと待っていると、普段と何ら変わらない様子のカイゼルがやってきた。 「ロルフは留守番だ」 「……また、あとでね」  部屋を去ろうとする二人の後をついてくるロルフに、カイゼルは苦笑する。  ノアリスは少し寂しげにそう言って、ロルフの頭を撫でた。 「もう歩くのは辛くないか?」 「っは、はい。辛くは、ないです」 「それはよかった。今夜の食事はどうだった」 「ぁ……美味しく、いただきました」 「……味覚はどうだ」 「……まだ」 「そうか」  ポンと背中を撫でられる。  責めることもなく、こうして励ましてくれるカイゼルに、胸の奥があたたかくなる。  湯殿に着くと、カイゼルは恥ずかしげもなくバサバサと衣を脱いだ。  一身纏わぬ姿となり、ノアリスは顔を赤くして俯き床に視線を落とす。 「……あ、つい、いつもの癖で……すまない……」 「い、いえ……私が、変、なのです」 「変ではない。少し待ってくれ」  せめてもの気持ちで一枚の布を腰に巻いたカイゼル。  ノアリスはようやく顔を上げると、彼の体に刻まれた多くの傷を目にしてヒュっと喉を鳴らした。 「そ、その、傷は……」 「? これは戦でついた傷だな」 「痛くは、ないのですか……?」 「もう塞がってる。痛くないよ」  無意識に足が動き、カイゼルのすぐそばまで来ていたノアリスは、彼の左肩に走る大きな傷跡に、指先でそっと触れた。 「……はは、擽ったいぞ」 「っ!」 「気になるか」 「……王様でも、戦に……?」 「そうだな」  躊躇いなく答える彼が、不思議でたまらない。 「……なぜ、」 「形だけの王にはなりたくなかった」 「……」 「民と同じ痛みを知ってこそ、苦しみを分かちあってこそ、国を統べることができる」  その言葉はノアリスが思うよりも、ずっと重たいものだとわかる。   「俺は王ではあるが、云わば、ただの国の代表だ。民の気持ちを知らずして、国を語れない。ただ、それだけのこと」 「……」  ノアリスは静かに目を伏せる。  彼は、確かに、初めから一国の王とは思えぬほど、距離が近かった。  想像する王の姿とは、少しばかり外れている気がする。  楽に話をさせてくれる、同じ目線で考えてくれる人だ。  彼の根本には、人を思う気持ちがあって、だからこそ、こんなにも優しくて、あたたかい。

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