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第42話
ノアリスはゆっくりと自身の手で衣を脱ぎ、肌衣一枚になった。
まだ、緊張はするし、不安もあるが、彼と共になら耐えられると思った。
「おいで。足元に気をつけて。滑りやすい」
「は、い」
彼に導かれるままついて行き、用意されていた湯船に浸かる。
湯船に浸かるという行為すら、久々で、ノアリスはそれだけでホッと息を吐く。
「どうだ。気持ちがいいだろ」
「ん……はい。とても」
「寝てしまわないように気をつけるんだぞ。髪を洗うから、ここに凭れてくれ」
彼の言うとおり、浴槽の縁にもたれ掛かる。
ちょうどいい温度のお湯が、顔に掛からないように髪に掛けられ、花の香りがする泡で包まれる。
「ん……」
「痛くないか?」
「はい……」
「寝てはいけないぞ」
「……はい」
うつらうつらとしてしまう。
人に髪を洗って貰うのは、こんなにも気持ちよかったのか。
「ノアリス、起きてるか」
「……ん」
「あ、ダメだぞ、寝るなよ」
「……寝ません」
「目を閉じているではないか……」
「それは、気持ちよくて……」
カイゼルの声に、少し焦りが混ざっているのが面白い。
髪がお湯で流されて、スッキリとする。
そのころにはもう緊張が解け、体から力が抜けた。
あ、と思った時には遅く、ずるりと体が滑って、湯船の中に沈みそうになって──
「っ!」
「──おお、よかった。間に合った……」
体を、逞しい腕に抱きとめられる。
慌ててその腕に掴まった。心臓がバクバクと激しく動いている。
「だから、寝てはいけないと言っただろ」
「……申し訳ありません」
「……はは、いい。それだけ安らいでいたと言うことだろう。だがしかし、俺と一緒にいる時だけにしろよ」
「はい……」
ノアリスはハッとして、掴んでいた腕から手を離す。
「あ……」
「ん?」
「ひ、ひっかいて、しまい、ました……」
咄嗟のことで、カイゼルの腕を引っ掻いてしまっていたようだ。
細い赤い線が走っていて、ノアリスは顔を青くする。
「ああ、これくらいどうってことない。気にするな」
「ぁ……で、ですが、」
「それよりも、俺が咄嗟に抱きとめたせいで、どこか痛めたのではないか?」
「いえ、それは大丈夫です」
「なら、よかった」
ノアリスはカイゼルを見上げる。
全く怒りの色がない表情は、心を安らげるには充分だった。
「体は、自分で洗えるな?」
「はい」
「俺は見ないでいるから、終わったら声をかけてくれ」
「……はい」
どこまでも心をくばってくれる彼に、ノアリスは胸がきゅうっと苦しくなるのを感じた。
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