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第43話
体を洗い、カイゼルに声を掛ければ、彼はいつの間にか全身を洗い終えていて、濡れた黒髪が艶めかしく輝いていた。
「そろそろあがるか」
「はい」
体をふわふわな布で拭いて、カイゼルが見ていない間に新しい衣に袖を通す。
髪を拭えば、指通りがサラサラで、ノアリスは「さらさらだ……」と呟く。少し嬉しかった。
「部屋に戻ろう」
「はい」
カイゼルの後をついて歩く。
ふいに振り返った彼は、なぜか苦笑を零した。
「隣に。後ろに歩いていては、まるで従者のようだろう」
「ぁ……」
「おいで」
隣に並ぶように手を差し出される。
ノアリスは恐る恐る手を出して、彼の手に重ねた。
胸がドキドキと鳴り始める。
「湯浴みはどうだった。やはり、苦手か?」
「……いえ、こんなに安らげたのは、久々です」
「それはよかったな」
「とても……気持ちよかったです。ありがとうございます」
ゆっくりと廊下を歩いた。
カイゼルが歩調を合わせてくれるから、無理をせずに済む。
「また、一緒に入ろう。今度も寝てはいけないぞ」
「はい」
「ラオンが待っているな。明日は一緒に庭に出るぞ」
「……はい」
明日が楽しみだ。
そう思った自分自身に驚いて、歩みを止める。
「ノアリス……?」
「……私、は、今……」
「どうした」
「……っ、あ、明日が、楽しみだと、思って……」
明日なんて来なければいいと思っていた。
すべて尊厳を奪われて、生きているのが苦しい日々であったのに。
「ふ……こんな、気持ち……」
「……」
「久しぶり、で……」
はらはらと大きな目から涙が散る。
ノアリスは手の甲で涙を拭おうとして、自身に影が掛かったことに気が付き、顔を上げた。
──その瞬間。
ふんわりと、体が包まれる。
あたたかい体温に、心臓が跳ねたが、しかし、嫌な感じはしない。
一切の、悪意を感じない。
「カイゼルさま……っ」
「我慢しなくていい。泣いてもいい。心の思うままに」
「っ、」
カイゼルの腕の中で、涙を流す。
ただ静かに、彼の温かさに安心して。
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