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第47話

 雲ひとつない青空が広がっている。  肌を撫でる風はほんのりとあたたかく、心地がいい。  ノアリスはそんな空の下を、カイゼルとロルフと共に歩いていた。  色とりどりの花が咲いている。  ちょん、と指先で触れるとくすぐったそうに揺れるのが可愛らしい。 「カイゼル様」 「ああ、どうした」 「いい、お天気ですね」 「そうだな」  これまで、外に出られたのは月に一度、それも少しの間だけ。  それが、今は制限されることも無く、太陽の下にいる。  嬉しい。嬉しいけれど──また、これが無くなるのかもしれないと思うと、苦しい。 「ノアリス。ロルフがボールを投げてほしいと」  俯いていた顔を上げた。  ロルフはいつも部屋で投げているボールを咥えて、尻尾が取れちゃうのではないかと思うほどに、ぶんぶん激しく振っている。 「ボール、くれる?」 「わふ!」 「ありがとう」  受け取ったボールを、ポイッと投げてみる。  ロルフは走ってそれを取りに行き、楽しそうに帰ってきた。  そんな彼を褒めて、もう一度投げる。  こんな生活が、ずっと続いてほしい。  痛みのない、穏やかであたたかい日々が。 「ノアリス、どうかしたか」 「……」  無意識に腹部の布を握りしめていた。  連れ戻されたら、この日々が消える。  ここにまた、精を注がれる。  そしてまた、卵ができてしまう。 「? ノアリス、……おい、ノアリス!」 「っ、」  崩されてしまう。  いつ? 今? 三日後? もっと先?  カイゼルのあたたかな言葉も、ロルフの楽しそうな姿も、イリエントの穏やかな笑みも、もう、なにも、見られなくなる……? 「う……」 「っ! ノアリス!」  吐き気が襲ってきて、口を手で覆う。  綺麗な庭を、汚してしまう。  申し訳なくて、湧き上がってきたものを飲み込もうとしたが、それができずに指の間からポタポタと吐き出してしまう。 「いい。ノアリス、そのまま全部出せ。──おい、医者を呼べ!」  背中を撫でる手が優しい。  しかし、ノアリスは今、深夜に見たあの夢の世界に囚われてしまっている。  頭の中では、押さえつけられたまま、無理矢理卵を産まされる痛みを思い出し、目の前がチカチカと白く点滅した。 「っ、ぁ……」 「少し、抱き上げるぞ。部屋に戻るだけだ」 「ひっ、ぃ、ぃや、痛いのは、いや……」 「痛いことはしない。大丈夫だ。いい子だから、落ち着け」  カイゼルの声はやさしい。しかし、今のノアリスには届かない。  抱き上げられると怖くなって、足をバタバタと暴れさせた。  そうすればぎゅっと強く抱きしめられ、思うように体が動かなくなってパニックに陥る。  また、体が動かない。嫌だ。中に挿れられてしまう。  思い出すのは、逃げられないほどの力の強さと、広げられる感覚。 「ぃ、やぁ……っ、痛いのは、もう、やだ……っ」 「ああ。大丈夫だ。大丈夫。何もしない」  ノアリスはカイゼルの胸に何度も拳を振るう。  いそいで部屋に戻ったカイゼルは、ひとまずノアリスをベッドに寝かせると、少し距離をとって彼が落ち着くのを待った。

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